私の望み

「ひとまずセシリー嬢の話はいいとして、そっちはどうするつもりなんですか?」


「…………」


「今回の件、知らせてくれたのはありがたかったですけど、だからって全てがなかったことにはならない」


「ちゃんと話す。二人で」


 アレックスの言葉に、ミーアはなにも言わずに頷いた。

 セシリーの事件を見て少しは思うことがあるのか、素直にアレックスの言葉を聞いているようだ。


「……ならそっちは任せます。もうこちらに迷惑かけないでくださいね」


「わかっている」


 そういうのならあとは任せようと、部屋を去る二人を見送った。

 流石に夜中にこんな出来事があって疲れないはずがない。

 パトリシア、クライヴ、ハイネは座り込んだまま動くことができなかった。


「流石に疲れた……」


「皇宮内に部屋用意させてるから、今日は休め」


「ありがとー。もう無理。今後のこと考えると頭痛い。しんどい。寝る」


「お疲れ様です」


 きっとあの手紙をもらった時、彼の頭痛は始まったのだろう。

 権力を二分している王室と教会の争い。

 どれほど手を出したくても難しかったそれを、クロエはやってのけたのだ。

 きっとたくさんの下準備をして、可能な限り迅速にことを済ませられるよう、最高の時期を狙っていたのだろう。


「実際どうなんだ? もはや内乱に近いだろうが、終わらせられそうなのか?」


「あの人あんな破天荒極めてるのに、そういうところは緻密なんだよ。とはいえ俺も明日には国に帰るよ。いろいろ手伝わなきゃ……」


 心身共に疲弊しているのだろう、いつもより目が開いていない彼の様子を見て、クライヴが心配そうに声をかける。


「大丈夫か? いざとなったらうちからも助けを出せるからちゃんと言えよ?」


「大丈夫大丈夫。そこんところも合わせて姉様と話し合いするから。さんきゅー」


 流石に疲れたと立ち上がったハイネは、騎士に案内されて自らのために用意された部屋へと向かった。

 彼とアヴァロンの今後も心配だけれど、今パトリシアにできることはほとんどない。

 無事沈静化できればいいのだが……と思っていると、誰もいなくなった部屋でクライヴが大きく声を上げた。


「あー! 本当に疲れた!」


 上半身を後ろに倒しベッドへと寝転んだ彼は、腕を上げて体を伸ばす。

 夜中のこの騒ぎで疲れないはずがないよなと、パトリシアもゆっくりと肩から力を抜いた。


「疲れましたね。ですが無事終わってよかったです」


「…………無事だったからよかったけど、俺はまだ納得できてないよ」


 じろっとした視線を向けられて、パトリシアはそっと背筋を伸ばした。

 やはりこの話になるのかと身構えていると、彼はベッドから上半身を上げる。


「あの女が刃物でも持ってたらどうするつもりだったの? やっぱり俺が待つべきだったよ」


 パトリシアがクライヴの代わりにベッドの中で待っていたこと、彼は最後の最後までその作戦を拒否し続けた。

 理由は簡単。

 危険だからである。

 セシリーが武器等を持っていたらどうするのか。

 激昂のあまり何をしでかすかわかったものではない、と。

 自分がベッドで待っていて、彼女を出迎えるという彼にパトリシアは首を振って否定した。


「いやです。……だってあそこにクライヴ様がいるってことは、少なくともセシリー様と接触があるということではないですか」


 ベッドに眠るクライヴの元にセシリーがやってくる。

 想像しただけでも嫌だと思った。

 だからこそ彼の制止を振り切ってでも、パトリシアがその大役を務めたのだ。

 それを伝えれば嬉しいのか心配なのかわからない、複雑な顔をした。


「…………嫉妬してくれるのは嬉しいです、はい。でも危ないから、もうやめてね?」


「流石にもう二度とこのようなことはしたくありません」


 そりゃそうだと笑うクライヴは、もう一度ベッドへと寝転んだ。

 ぽんぽんと隣を叩く彼に、パトリシアもゆっくりと上半身を後ろに倒した。


「…………たぶんだけど、ここから怒涛になると思う。ハイネもしばらくは学園に戻って来れないだろうし。俺は……」


「…………私もしばらくは、忙しい日々になるかと」


「大丈夫? 辛くはない?」


「全然。やる気に満ちてます。必ずやり遂げてみせる、そんな思いです」


 顔を横に向ければ、目の前には優しく微笑む彼がいる。

 ゆっくりと伸ばされた指先が、頰にかかる髪の毛を払ってくれた。


「ならいいけど……。無理はしないでね?」


「クライヴ様こそ」


「俺はいいの。未来が明るいってわかってるからね」


 そういうことを言ってるんじゃないと目線で訴えるが、彼は気づかないふりをする。

 さらさらと頭を撫でられて、心地よさに少しだけ眠気が顔を出し始めた。

 うつらうつらし始めるパトリシアに、クライヴは笑う。


「そろそろ寝ようか」


「…………クライヴ様」


「うん?」


「頑張ります……約束、ですから……」


「…………うん」


「私が……望んだこと、ですよ? ちゃんと……」


「大丈夫。わかってるよ」


 ああ、本当はもっとちゃんと言いたいのに。

 パトリシアが望んだことなのだと。

 彼のための願いではないのだと。

 けれどどうしても眠気に勝てなくて。

 微笑む彼の顔を見続けながらも、瞼はゆっくりと降りていく。

 もうダメだと思った時、頰に柔らかな感触が触れた。


「ありがとう。パトリシア」

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