手紙の真相

「わたくしを助けた!? どこがです!?」


 今のこの状況ではわからないかと、パトリシアは取り押さえられているセシリーの姿をじっと見つめる。

 まさかこんなことをしようとするとは。

 事前にミーアから聞いていなければ、もしかしたら悲惨なことになっていたかもしれない。

 寝ていたため乱れた髪を撫でつけると、ゆっくりとベッドから立ち上がった。


「セシリー様がしようとしたことは重罪です。お分かりですか?」


「……わかっていますわ。それでもしかたないではないですか! こうするよりほかに……わたくしに選択肢なんてっ」


「セシリー嬢。あなた馬鹿のようだからわかりやすく俺が説明してあげます。仮にこの作戦が成功して俺との間に子供ができたとして、確かに生まれるまではあなたは生きられるかもしれない。けれどどうしてその後殺されないと思っているんですか?」


「どうしてって……わたくしが国母となるからで…………」


「国母? 犯罪者がなれると本気で思っているのか? 確かに子供は皇族の血が流れているから命は助かるだろうがお前は無理だろう。少なくとも俺はそんなお前を許すつもりはない。必ず息の根を止める」


 例えばこれでクライヴに今後子供ができないという確固たる証明があるのなら、彼女は国母となれないまでも命が助かるかもしれはい。

 彼の子供は一人しかおらず、男子だった場合は後継者となるからだ。

 けれど少なくとも今すぐその決断をすることはほぼないだろう。

 なぜそんなに短絡的な考えになるのだろうかと、小さく息を吐いた。


「だから失敗してよかったな。そうじゃなきゃどの道行き着く先は死だった。あの女に感謝するといい」


 ミーアがそこまでわかっていたのかは謎だが、結果彼女のおかげで救われたのだから感謝すべきだろう。

 未遂だったこともあり命までは取られないのだから。

 もちろん、被害者であり一番頭にきているだろうクライヴ次第だが。

 彼は腕を組みながら呆然とするセシリーを上から睨みつけた。


「どういう神経してるんだ……。睡眠薬だろうがなんだろうが、皇族の食事に混ぜるなんてあり得ないだろう。その後の計画もだ。もう少し頭使ったらどうだ」


「……………………そんな、クライヴ様、わたくしはっ」


「このことはアヴァロンにも報告がいく。本当なら殺してやりたいくらいだが……アヴァロンに無傷で帰してやる。二度とローレランに足を踏み入れるな」


 クライヴはそれだけ言うと、もう用はないと彼女から視線を外しパトリシアへと近づいてくる。

 心配そうな顔をしてこちらへやってくる彼は、先ほどまでの殺伐とした空気を綺麗さっぱりなくしていた。

 さすがの切り替えの早さだなと感心していると、そんなクライヴに手をとられる。


「大丈夫? 怪我とかしてない?」


「大丈夫です。危険な目にすら合ってないですよ?」


「怒鳴られてる時点で論外」


 なにもなかったというのに心配なのか、手や顔を念入りに確認される。

 本当に大丈夫だと無理やりとめれば、なぜか不服そうな顔をされた。


「まだ終わってませんよ。……セシリー様。己の罪を認めてくださいますね?」


「………………認める?」


 現行犯なのだから納得するもなにもないと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 彼女は勢いよく顔を上げると、ギラギラとした鋭い瞳をこちらに向けてきた。


「いいえ……いいえ! わたくしは必ずこの国に戻ってきます。そしてクライヴ様と結ばれるんです! だってそのほうがクライヴ様のためにも、この国のためにもなるんですものっ。教皇を後ろ盾にできれば、クライヴ様の地位も盤石なものに――」


「それはない」


 扉の向こう、廊下から聞こえた声はセシリーの独白に近い言葉を止める。

 部屋の中へとやってきたのは、一枚の手紙を持ったハイネだった。

 彼は真っ直ぐに、地面へと押し付けられているセシリーの前へとやってくるとその手紙を目の前に落とす。


「――教皇が捕まった。罪状は読み上げたらキリがないが……主だったものは人身売買だ。教会の隠された一室で修道女たちに信者たちの相手をさせ、できた子供を他国へと売買していた。……知っていたか?」


「…………それがなんだというのです? 今さらそのようなことで、教皇を捕まえる? アヴァロンは国を二つに分けるとでもいうのですか?」


 アヴァロンは信仰心の強い国であり、王室と教会の二つが権力を二分していた。

 もちろん表立っているのは王室だが、信仰心の強いものが多ければ多いほど教会の権力も高まっていく。

 そんな国で神の代行者ともいえる教皇を捕まえるということは、国の中で内乱が起こってもおかしくはない。

 だからこそ教会がどれほどその名にふさわしくないことをしていても、王室は手出しできなかった。

 だがそんな廃れた関係をいま彼の国は破ったのだ。

 たった一人の、王女の手によって。


「お前は知らないだろうけれど姉様は時に無情になれる人だし、あんなんだけれど人を導く才能がある人だ。姉様の指示の元、水面下では教会の悪事を暴こうとしていた」


 パトリシアはクロエの手紙を三人で読んでいた時のことを思い出す。

 学園祭の時クロエがやっていたのには、二つの理由があったかららしい。

 一つはセシリーを逃すため。

 あの時点ではまだ彼女はハイネの婚約者で、義理の妹になる可能性があった。

 だからこそせめて彼女だけはこの争いに巻き込まれないようにと、事前に準備をしていたらしい。

 結局クロエの気遣いは仇となり二人の婚約は解消され

、セシリーは片想いのクライヴに会うため学園の門を叩いたわけだが。

 クロエのいう楽しいこととは、弟が婚約者と同じ学園に通うことになり、慌てふためく姿のことだったらしい。

 二つ目は学園長に協力を仰ぐため。

 国の中だけでは教皇派のものたちと争うだけの戦力がなく、他国の力を借りたいと願ったらしい。

 そこで目をつけたのが、弟の通う学園のトップだった。


『まさか学園長にそんな裏の顔があったなんて知らなかったぞ……。姉様はどこで知ったんだ?』


『皇子と他国の王太子が通う学園のトップが普通だと思うか? 国の仄暗いことで、彼より詳しい人はいない』


 そういえば前にクライヴが学園長を説明する時に言っていた。


『食えない人だけど、悪い人じゃない。でもいい人でもない』


 これが答えだったのだろう。

 あの時は想像もつかなかったけれど、なるほど今なら彼の不思議な空気感に納得ができた。

 そんなわけでクロエは学園長の手を借りて、彼の私兵と共に無事教皇を捕まえることができたらしい。

 よりにもよって、このタイミングで。


「国に帰っても教皇の助けはない。犯罪に関わっていたと思わしき者たちは、こぞって捕まっているからな。お前も国に戻れば犯罪者の娘として扱われる。……姉上が他国の修道院へ入れるよう手続きを済ませてくれている。国に戻って残った信者たちに利用されないよう、修道院に入れ」


「…………なに、それ」


 セシリーはゆらゆらと揺れる瞳に涙を浮かべ、絶え間なくこぼし続ける。

 絶望に頭が追いつかないのだろう。

 なぜ、なぜと同じ言葉を繰り返す。

 そんなセシリーに、ハイネが声をかけた。


「もう諦めろ。お前がこの国に戻ることはない。――アヴァロンにもな」

 

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