ある聖女の作戦

 真っ暗な皇宮内を、案内役とともに歩いていく。

 バレないように真っ黒なマントを頭からかぶり、こそこそと人目を気にしている。

 なぜこのようなことをしなくてはならないのかと、屈辱に強く唇を噛み締めた。

 今から行おうとしていることは、ひいてはこの国の未来のためなのに。

 セシリーがクライヴと結婚すれば、この国をもっとよりよいものとできる。

 アヴァロンとの関係ももっと親密にできるし、なによりもクライヴの後ろ盾としてあの教皇が立つのだ。

 最初はこの結婚に反対をするかもしれないが、クライヴが皇帝に立つと知ればきっと考えは変わってくる。

 あの人は自らの地位と名声しか興味がないのだから。

 アヴァロンよりも大きな帝国の国母となれれば、きっと教皇も認めてくれるはずだ。

 だからこそこの作戦を絶対に成功させなくては。

 足音にすら細心の注意を払い、案内されるがままクライヴの部屋へと向かう。


「…………」


 パトリシアに失礼な物言いをされた時、クライヴはセシリーを庇ってはくれなかった。

 むしろまるで敵対しているかのように、真正面から冷たい視線を向けてきたのだ。


「……クライヴ様っ」


 はじめて出会ったのはアヴァロンでだった。

 ハイネの友人としてやってきたクライヴは、教皇という存在にガチガチに固められていたセシリーにとって、自由に大空を飛ぶ鳥のように眩しく見えた。

 夢物語を楽しげに話し合う二人を、一歩引いて見つめる日々。

 いつしかその場に入りたいと、彼の隣に行きたいと思うようになった。

 だからこそ、子供の頃から恐怖の対象だった教皇の静止を振り切ってきたというのに。


「……いいえ。諦めませんわ」


 部屋の前にいる警護の騎士も、金で買収されている。

 音を立てぬよう扉を開けた彼の案内で、部屋の中に入ることができた。

 急いでマントを頭から落とし、中をぐるりを見回す。

 部屋の左側に大きな天蓋付きのベッドを見つけ、心臓が大きく跳ねた。

 人の形に盛り上がっているそこに、足音を立てずに近寄る。


「…………」


 大丈夫。

 事前に先ほど案内してくれた侍女が、彼の飲み物に睡眠薬を入れているはず。

 そうそう起きることはないのだから、落ち着いて行動すればきっと全てうまくいくはずだ。

 ベッドへと乗り上がると、ゆっくりと彼が顔までかけているシーツに手をかけた。


「――…………クライヴ様、お慕いしております。この国のため、あなた様の未来のため、わたくしと結ばれましょう」


 軽くベッドの軋む音を聞きながら、セシリーはそっと頭を下げる。

 彼の耳元で艶やかに囁きつつ、シーツを剥がそうとしたその時。


「それは無理です」


「――!」


 ガバッと勢いよくシーツが外され、床へと落ちていく中でセシリーはその瞳に紫を映した。

 真っ白なベッドに流れる美しい黒髪に、きらりと光るアメジストのような目。

 月夜の元で見る姿は想像していたものと違い、セシリーは強く眉間に皺を寄せた。


「――パトリシアっ!」


「こんばんは。セシリー様」


 本来なら眠り続けるクライヴがいるはずのそこには、なぜかパトリシアがいた。

 彼女は驚愕に顔を歪めるセシリーを、挑発的に見つめ返す。


「驚かれたようですね。私がなぜここにいるのかと」


「――クライヴ様はどこです!?」


「私がここにいる。それが答えだと思いませんか?」


「クライヴ様はどこだと聞いているんです!」


「俺ならここにいる」


 声がした方を向けば、そこにはドアの前を守っていた騎士がいた。

 どういうことだと見つめていると、彼はおろしていた前髪を片手でかき上げる。


「いくら暗闇で見づらかったとはいえ、普通は気づきそうなものだがな。あなたの愛とやらは所詮その程度だったというわけだ」


「…………クライヴ様」


 どういうことだ。

 どうして彼らがここにいる。

 なぜバレているのだ。

 クライヴは部屋で睡眠薬によって寝ているはずなのに。

 クライヴが騎士の姿をして待っていて、パトリシアがベッドの中にいた。

 つまり作戦がバレていたというわけで……。


「ミーアさんが教えてくださいましたよ。あなたが愚かなことを考えている、と」


「――…………」


 ああ、そうかと顔を伏せる。

 あの女が裏切ったのか。

 あれほどまでに尽くしてあげたのに。

 セシリーが皇太子妃になったのちに、彼女の生活も保証してあげようと思っていたのに。

 どうしてこんな、愚かなことを。


「あの女っ! あの女こそ愚かではないですか! わたくしが身を粉にして動いたというのに……っ!」

 

「愚かはあなただ。ある意味あの女はあなたを守ったというのに」


「…………なんのことです?」


 守る?

 一体なんの冗談だ?

 意味がわからないと顔を歪めるセシリーの瞳に、部屋の扉のそばにいるミーアが映った。

 彼女はアレックスに支えられて、そこに立っている。


「――おまえっ!」


「取り押さえろ」


 ミーアの元へと向かおうとするセシリーを、そばにいた他の騎士たちが取り押さえる。

 安全が確保されたのちミーアとアレックスが部屋に入ってきて、上から見下ろされる形になった。

 まるで見せ物小屋の家畜のような扱いに、セシリーは強く周りを睨みつける。


「なんなのよっ! なんでこんなっ、……おまえっ! お前が裏切ったから……どうして! また奴隷のように生きたいというのですか!?」


「…………セシリーさん、私は……」


「セシリー様はお気づきではないようですが、ミーアさんが救ってくださったんですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る