皇子様は騎士を語る
パトリシアがいなくなった場所は、ただ静かに時が流れていく。
流石のクロウも押し黙る中、ハイネに抱え込まれていたクライヴがその腕を振り払った。
「ラーシュ卿。あなたのことは信用してますが、もう少し教育に力を入れた方がいい」
「……本当に申し訳ございません」
パトリシアがきちんと言ってくれたからまだいいけれど、はらわたが煮えくり返っていることに変わりはない。
「……俺はお前を騎士だなんて認めない」
「――……クライヴ殿下」
「なんでこんなに言われてるか本当にわかってるか?」
「……」
「だろうな」
わかるはずがないよなと鼻で笑う。
あれだけはっきり言われてるのに理解できないなんて、これだから脳筋はと見下した。
「パティにつまらない正義感掲げてあれこれ言ってスッキリしたみたいだが、お前がやったことはセシル卿を馬鹿にしただけだぞ」
「……なぜ、そうなるのですか? 俺はセシル卿を尊敬してて」
「専属騎士ってのはそういうものだからだ。騎士と主の間には他人が入れないものがあるんだよ」
クライヴが専属騎士を持ちたくない理由の一つがセシルだった。
彼はあまりにも完璧すぎる。
騎士としての精神もそのあり方も全てが完璧すぎて、人を見る目が肥えてしまったのだ。
それだけの人が今回のことをなにも思っていないわけがない。
「……パティは謝りに行ってたよ。セシル卿に直接、頭も下げて」
公爵家の令嬢が騎士に頭を下げるなんてまずない。
けれどそれをしたのだ。
それだけのことをしてしまったのだとわかっているから。
心から謝った彼女を、セシル卿は許した。
「セシル卿はパティの幸せを願ってた。……皇太子妃を辞退するなんて、簡単なわけないだろ。わかってるから、セシル卿も許したんだ」
二人が一緒にいるのを何度か見たことがあった。
セシル卿の手が空いていて、パトリシアが皇宮に来ていた時。
彼は必ずパトリシアの護衛についた。
付かず離れず。適切な距離感で。
けれど周りからすれば、二人の間に距離は感じなくて。
あの地獄のような皇宮で、パトリシアが気を許して接することのできた数少ない人。
二人の間には、特別があった。
「そんな二人の間にあったことを、無関係なお前が軽々しく踏み躙るな。それは、セシル卿を侮辱してるってことなんだ」
だからパトリシアは怒った。
自分の騎士を貶されたと。
「これでもわからないなら、お前に騎士の資格はない。今すぐ辞めろ」
「…………」
目の前にある瞳はぐらぐらと揺れ、薄らと涙の膜が張っている。
だがそんなこと知ったことではない。
クライヴにとって大切なのはパトリシアだけだから。
「少なくとも俺は、お前を騎士とは認めない」
「…………申し訳、ございません」
「謝るだけなら誰でもできる。それでも騎士を続けたいなら誠意を見せろ」
クライヴはそれだけいうと、ちらりとラーシュに視線を向けるその場を後にする。
そこからしばらく無言のまま歩き、ある程度距離をとってからついてきたハイネへと声をかけた。
「言いたいことあるなら言え」
「えー? いいの?」
「どうせ聞いてくるだろお前」
空気なんて読まない男だろと言えば、失礼なと返された。
「そんなにいい男なの? そのセシル卿って人」
「…………ムカつくくらいにな」
今年二十歳となったセシルは、パトリシアにとってもクライヴにとっても身近な大人の一人だった。
子供の頃は憧れたものだ。
こんな人になりたいと。
けれどそんな思いは、パトリシアを好きだと理解した時にあっという間に消え去った。
「パティを守ることにおいて、あの人の右に出る者はいないよ。ムカつくくらいにね」
守るとはなにも肉体だけじゃない。
心だって彼は守り続けていた。
皇宮にいる唯一の、絶対的な味方。
クライヴの生まれでは、なりようのない立ち位置。
「……羨ましかった。あの時だけは自分も騎士になりたいと本気で思ったよ」
「ふーん……。男としてはあれだね。そばにいたくないタイプだ」
「そう。でもそう思う自分の心の小ささもわかってるから、余計ダメージ喰らうんだよ」
パトリシアとセシルの間にあった話し合いの内容を、クライヴが知る術はない。
けれどきっと、彼はまたしても彼女を守ったのだろう。
自分の心に蓋をして。
そのおかげで彼女は今笑えていると思うと、やはりどこか面白くはない。
「――ま、いつか追い越すけどね」
それくらいしないと、パトリシアに選んでもらうことなんて夢のまた夢だ。
クライヴと同じくらい。
いや、それ以上に、彼女の目は肥えているのだから。
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