キャットファイトを始めようとする

 それはある日の放課後のことであった。

 パトリシアはその日珍しく一人で行動していた。

 クライヴ、ハイネは王子としての仕事を、シェリーは力の入れたい課題があったため一緒にいることはできず。

 お手伝いできることがあればと思ったけれど、三人ともに断られてしまった。

 たまには好きに行動してみたらいいよと言われ、ならばと図書室へと赴いていた。

 この間の本は読み切ってしまったので、次のものを借りにきたのだ。

 今回はミステリーものなど読んでみたいなと、まとまったところを物色していると突然話しかけられた。


「あのっ、あなたがパトリシアさんですか?」


「…………はい。そうですけれど」


 話しかけてきた人がまさかすぎて、パトリシアは一瞬返事をしようかどうか悩んでしまった。

 桃色の美しい髪と同色の瞳を持つ、見た目はとても可愛らしい女性。

 件のマリー・エンバーである。

 まさかすぎる展開に思わず頭を抱えそうになったのをなんとか耐えた自分を褒めたい。

 そう思ってしまうほど、この展開は望んでいなかった。

 マリーは羨ましいほどぱっちりとした瞳をうるうるさせて、パトリシアを睨みつけてくる。


「三人になにを言ったんですか!?」


「…………はい?」


 勢いよく言った拍子に、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

 とどまることを知らないそれは、堰を切ったように溢れ出す。


「シグルドも、ロイドも、クロウも元気なくて……。私が話しかけてるのに上の空でっ」


「…………はぁ」


「どうしたのか聞いても答えてくれなくて……」


「……はぁ」


「それでもなんとか聞き出したら、あなたと話したって。三人にどんな酷いことを言ったんですか⁉︎」


「はぁ……?」


 そもそもなぜ無理やり聞き出したのだろうか。

 そこから疑問なのだが、まあ一旦置いておこう。

 彼らからなにを言われたかは知らないが、まるでパトリシアが悪者のように話を進めてくる。

 彼女とは初めて会うというのに、自己紹介すらしていない。

 はぁ、と大きくため息をつきパトリシアは彼女ときちんと向き合った。


「まずは自己紹介をお願いします。あなたは誰で、どこのどなたですか?」


「――……私を、知らないんですか?」


 知っている。

 知ってはいるけれどそれとこれとは話が別だ。


「初めてお会いする人には自己紹介をするのが当たり前ではないですか?」


「…………マリー・エンバーです。でも普通、学園の生徒ならレッドクローバーのメンバーくらい知ってて当然ですよ?」


「そうですか。それで、エンバーさんはなんの御用でしょうか?」


「――っ、だからっ。三人になにを言ったんですか!?」


「三人とは、エヴァンス様、マクベス様、ルージュ様ですか?」


「そうです!」


 なかなか話が進まずに痺れを切らしたのか、パトリシアの言葉に食い気味で返事をしてくる。

 どうやらマリーという女性はあまり辛抱強くないらしい。

 これならこれで扱いやすいなと、にっこりと仮面を被った。


「私の口からはなにも。御三方にお聞きになったらいかがでしょうか?」


「だから、三人に聞いても答えてくれないんです!」


「ならば御三方はエンバーさんに知られたくないのでは?」


「そうかもしれませんけど……っ、それじゃあ慰めてあげることもできないじゃないですか……」

 おや、と意外なものを見るような目を向けてしまう。

 彼女は三人を慰めるつもりがあったらしい。

 なんとなく今までのイメージ的に、誰かを慰めるなんてことをするタイプではないと思っていた。

 これは失礼な勘違いをしていたなと、きちんとマリーへと言葉をかける。

「私は確かに御三方とお話ししました。三者三様の内容ですし、御三方の許しもなくエンバーさんにお伝えすることはできません。申し訳ございません」

 特にロイドとクロウは彼女に恋心を抱いていると聞いているから、なおさら勝手に話すことはできない。

 好きな人の前ではいい顔をしたいその気持ちも、わからなくはないからだ。

 だからこそ断ったのだが、その言葉を聞いたマリーの顔に赤みが差す。


「――私より、あなたの方が三人と仲がいいって言いたいんですか……?」


「…………………………はい?」


「確かにパトリシアさんは美しい方です。三人が一目惚れしてしまう気持ちもわかります。……でも、私はこの学園に入学してから三人とずっと一緒にいました。シグルドに関しては子供の頃から……。私には三人しかいないんです。だから……奪わないでください」


 なにを言ってるんだこの子は。

 パトリシアは笑顔のまま固まってしまう。

 今の会話のどこにそんな要素があったのだろうか。

 あの三人がパトリシアのことを好き?

 まさかそんなことあるはずがない。

 むしろ嫌われていて当たり前の会話内容だったのに。

 だがしかしそれを知らないマリーは、悲しくてたまらないと言いたげに涙をこぼす。

 可愛らしい少女が泣いている。

 美しい涙をこぼして、友をとらないでくれと訴えてくる。

 こんな姿を見たら世の男性たちは皆彼女を心配し、なんて健気な少女なのだろうと心打たれるかもしれない。

 ――だがしかし。

 相手は女性であるパトリシアだ。

 しかもここ最近の妙な出来事。

 全く違う内容でシグルド、ロイド、クロウの三人に忠告をした。

 それはパトリシアの中ではなかなかに苛立ちを覚えたことであったし、できればもうこんなこと起こってほしくないと本気で思っていた。

 そんな中起きたこの出来事。

 パトリシアはにっこりと微笑んだまま、心の中で叫んだ。


(――なんっって、めんどくさい人たち!)

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