キャットファイトなんてものはない
延々と泣くマリーを、パトリシアは笑顔のまま見つめる。
もちろん心の中ではなんだこれ……と項垂れていたが、表面上はそんなことを思っているなんて微塵も感じさせないよう徹底した。
まさかこんなところで皇太子妃としての訓練が役に立つなんて思ってもいなかった。
ここは図書室。
人は少ないとはいえいないわけではない。
ちらほらと泣き続けるマリーを心配そうに見ている人たちがいる。
こんなところで表情を崩すことはできないと、表情筋に力を込めた。
「なにか誤解されてます。私は彼らと親しくしておりません」
「……でも三人はパトリシアさんとお話をしてからぼーっとする時間が増えてて」
「それは……、少なくともあなたが考えているようなものではないです」
むしろ真逆の内容だ。
だから大丈夫だと言っているのに、どうもあと一歩信用に足りていないらしい。
「でもでも、なんか三人の様子本当に変で……心配で……」
友人を心配するのは素敵なことだ。
素敵なことだとは思う。
だがしかし、こうも人の話を理解してくれないと流石に疲れてくる。
周りの目は確かに気になるけれど、だからといって好き勝手されるのも正直癪だ。
他の三人同様関わらなくていいならそちらの方がありがたい人認定したので、もういいやと投げやりな気分になった。
「……マリーさんはなにを心配されてるんですか?」
「なにって三人のことを……」
「本当に? 三人の心配をしてるのではなくて、三人が自分以外の人に意識を向けるのが嫌なのでは?」
「――……」
しんっと空気が張り詰めた。
図星付くと皆こんなふうな雰囲気を醸し出すなと、ゆっくりと口角を上げる。
「…………なにが、言いたいんですか?」
「いえ。先ほどからお話を聞いてて、ご友人を心配する素敵な女性だなと思っておりました」
上の空で過ごす三人を心配して、けれど話をしてはくれず。
だから関係者であろうパトリシアに話をしにきた。
そこまではよかった。
けれど彼女は言ったのだ。
『私が話しかけてるのに上の空で』
これが答えな気がした。
少し前にシェリーから聞いた話と、彼女の印象がぴったりとあった気がする。
シェリーとシグルド二人で話し込んでいた時、そこに入ることができなくて嫌だったのでは。
だからシェリーを貶めた。
あの事件が彼女の起こしたことかはわからないけれど、でもあり得る話だと思える。
それくらい、彼女の行動は少し異常だった。
「けれどどうも、ただ心配しているだけだとは思えませんでしたので……。彼らがあなたより私を優先するのが悔しいと、そうおっしゃっているように聞こえましたがいかがですか?」
「――……ひどいことをおっしゃるんですね」
「ひどいですか?」
「とても」
どうやら彼女の中の逆鱗に触れたらしい。
先ほどまでの大きくぱっちりとした瞳がスッと細まる。
「私は彼らを心配しています。それだけです」
「そうですか。なら彼らのそばにいて差し上げてください」
「…………」
途端に顔色が悪くなる彼女の様子におや? と気づく。
視線が左右に揺れているのを見て、一つの仮説が頭に浮かぶ。
もしやこれは、彼らから距離を置かれている……?
確定の事実はパトリシアにはわからない。
けれどもし今回のことを、三人にしつこく聞いていたら。
少し距離を置かれてもおかしくない。
そしてこの仮説があっていれば、パトリシアの元に来たのも納得ができる。
なるほどこれは面倒なことになっているらしい。
このままこの人たちの仲がどうにかなるのか、それともこれすらも甘い試練と乗り越えて今まで以上に恋に恋するのか。
どちらにしても、これ以上絡まれたくはない。
パトリシアはそばにあった本を二冊ほど手にとった。
「少なくともあなたが考えているようなことは起きませんよ。私は彼らと今後関わるつもりはありませんから」
「……本当ですか?」
力強い瞳。
この言葉が真実なのかを見極めようとしているかのよう。
そんな瞳を受けてもなお、パトリシアはにっこりと微笑んだ。
「もちろん本当です。……興味がありませんから。彼らに」
「――……」
「なのでどうぞあなたも、今後このようなことはお控えください。あなたとも、できれば関わり合いたくはないので」
もう少し本を借りたかったけれど、それよりも早くここから離れたいとその場を後にする。
本を借りる手続きをして廊下に出るその時まで、背中に複雑な視線を感じていた。
それらをまるっと無視して図書室を後にして、ふらふらとふらつく足取りでそばにある窓まで向かう。
「………………疲れました」
ここ最近の疲れ具合は異常である。
なぜ彼らに関わるとここまで面倒な展開になるのだろうか。
話の通じない相手との会話がこんなに辛いだなんて、今まで思ったことはなかったのに。
「…………」
……いや、違う。
辛かった。話を聞いてくれない人との会話はとても。
だからこそパトリシアは対話という選択を捨てたのだ。
けれどあの時は必死だった。
話さなくてはならない。
聞いてもらわなくてはならないのだと意地になり、果たさなくてはと意気込んでいた。
気負っていたのだ。
なんとかしなくてはと。
けれどそれはもうない。
今はもう、捨てるという選択ができるのだから。
「……自由も疲れるのね」
けれど心地よいとも思う。
全てを己の意志で選択できる。
それは生まれてからずっとできなかった、自由の証だから――。
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