この手をとった君と
そう、これは仕事だ。
そう己にも周りにも言い聞かせるように口にすれば、ざわめきは少しだけ収まった。
下手に噂なんてされて面倒ごとになるのだけは避けたい。
パトリシアはしっかりと頭を下げてから、ネロの手をとった。
二人は会場の真ん中まで向かうと互いに頭を下げ、体を寄せ合い音楽に合わせて動き出す。
流石に来賓であるネロと踊るからか、たくさんの視線を感じる。
その中には御令嬢たちからの強すぎる視線もあり、若干気まずさを感じつつも顔には出さないでいた。
なんとか無事に踊り切れますようにと心の中で願っていると、周りに聞こえないよう小さな声でネロが話しかけてくる。
「……クライヴ陛下は妹と婚姻を結ぶつもりはないようです」
「…………そうですか」
ここで安心したような雰囲気を出してはいけない。
淡々と、なんてことないように返事をすれば、彼はくすりと笑う。
「あなたも私の妃にはなってくださらないようなので、他の方法を考えなくてはなりませんね」
「――! そ、そういうことを口になさるのはいかがかと……!」
誰かに勘繰られたらどうするのだと焦るが、周りに聞こえている様子はない。
大丈夫そうだとほっと息をつくと音楽が止まり、パトリシアたちも離れ互いに頭を下げる。
「少しお話よろしいですか?」
「……はい」
ネロと共に中心から離れ、バルコニーへと出た。
ダンスを踊ったから少しだけ赤く染まった頰に、夜風が心地よい。
ふと息をついたパトリシアの前に、ネロはワイングラスを差し出してきた。
「ワインは苦手なのでしょう? 葡萄ジュースを持ってきました」
「…………どうしてそれを」
ネロは小さく笑うだけで、答えを教えてはくれなかった。
彼は片手にワインを持ちながら足を進め、バルコニーの柵に手を置く。
「こちらの願いは叶えられそうにない。しかし両国のためにも同盟は結んでおきたい」
「はい。それは我が国の願いでもあります」
両国ともそれを望むのに、素直にいかないのは政治という大きなものが絡むからなのだろう。
難しいものだと夜空眺めるネロの後ろ姿を見つめた。
「……ローレランも望んでいると?」
「自国の平和を願うのは、皆同じなのではないでしょうか?」
「ではあなたも望んでいると?」
「もちろんです」
ローレランとノーチスが友好国となれれば、両国にとってよいことしかない。
ネロからの問いに深く頷けば、彼は視線を煌めく星からパトリシアへと向けた。
「では一つ、お願いをしても?」
「お願い、ですか? それは一体……」
「ノーチスの新たな資金源を確保していただきたいのです」
「…………それは」
「金以外のなにか、です」
ノーチスの資金源はそのほとんどが金によるものだ。
高価なそれを求める国は多く、高額で取引されている。
だがネロはそれを懸念していた。
有限であるそれがなくなった時、ノーチスは国としての体裁を保てなくなるのではと。
「私はノーチスのことをそこまで詳しくはありません。そんな人間が経済的なことに関わるなど……」
「考えてほしいというだけです。あなたの考えを行動に移すか否か私が決めます。大丈夫。責任は全て私がとりますから」
「…………ですが」
ノーチスのことは詳しくない。
砂漠地帯が多く、小国でありながら金が取れることから豊かであり、軍事力に長けていることしか知らない。
それなのになぜそんな願いをしてくるのか、その疑問は渋るパトリシアを見ていたネロが答えてくれた。
「私はあまり学がありません。こういったことを考えてくれる者もいますが、どいつもこいつも軍人上がりだからか頭が硬いようで、上手い案が出てきません。……ただ聞いてみたいだけ、ということですからそこまで気負わないでください」
「……そういうことでしたら」
まあただ意見を聞きたいだけだというのなら、考えてみるのはありかもしれない。
両国のためになるのならと視線を横にずらし考え込むパトリシアを横目に、ネロはもう一度夜空を見上げた。
「他国から見て、我が国はなにが抜きん出ているのでしょうか?」
「抜きん出ているもの…………」
パトリシアがもしどこかの国の王で、ノーチスを欲しがるとしたら一体何が目的だろうか?
まず考えつくのは金だ。
やはり金が多く取れるというのは強い。
確かにネロが言う通り有限であるため、必ず終わりが来てしまうがそれでも目立つのはこれだろう。
あれだけ質のいい金はそうそう手に入らない。
だがそれ以外を考えなくては。
なにかいい案はないだろうかと考えるパトリシアから、ほんの少しだけネロは視線をずらした。
「……髪飾り、お似合いです」
「――失礼いたしました。お礼が遅くなり申し訳ございません」
「不要です。むしろそれはあなたへの贈り物なのですから」
パトリシアの頭に飾られる蝶を象った金の装飾。
ネロからの与えられたものであり、彼の言いつけ通り髪につけている。
ネロはその蝶の装飾に触れようとしたのか、そっと手をパトリシアの方へ伸ばしてきた。
そのまま彼の指先が触れかけた瞬間、その手首を別の手が掴む。
「失礼。許可なく令嬢に触れるのはやめたほうがよろしいかと」
ピリッと空気が張り付いた気がして、パトリシアは慌てて後ろを振り返る。
肩に触れる手。
背中に感じる温もり。
ふわりと香る知った香水。
あ、と思った時には、パトリシアの瞳に険しい顔をしたクライヴが映った。
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