パーティーのはじまり
ノーチスとローレランの関係は、他国も注目するところとなった。
双方の出方に注目が集まる中、ローレランでは歓迎のパーティーが始まっていた。
「…………」
「フレンティア様。お飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」
共に参加していたロイドから飲み物を渡されて、パトリシアは礼を言いつつ周りに目を配る。
両国の重鎮が集まる会場ではあるが、比較的穏やかな時間が流れていた。
これなら他国からの使者であろうとも、両国の関係を疑うことはないかと安心する。
「ローレラン皇帝陛下、ノーチス国王陛下ご入場です」
ざわつきは収まり、皆が扉に注視する。
いつも通り正装に身を包んだクライヴが現れ、そのすぐ後ろをネロが歩く。
彼はパトリシアが選んだ服を着ており、普段とは装いの違う彼の姿に皆が感嘆のため息を漏らした。
「ノーチス国王はローレランとの関係を良いものとしたいようですな」
「当たり前でしょう。そうでなければ大切にされている妹君を嫁になど出さんでしょう」
こそこそと話している人たちの言葉に耳を傾けつつも、パトリシアはクライヴとネロの姿を見つめる。
ここに来るまでも二人で話をしていたことは知っていたが、平行線であったらしいことも耳にしていた。
クライヴはどうにか海賊たちの本拠地の話を聞き出したいようだが、ネロがそう簡単に口にするとも思えない。
どうするべきか……と考えていると二人が席に着いた。
「今日はノーチスとローレラン、双方の交流の場です。楽しんでください」
「お気遣いありがとうございます。両国の親睦を深めましょう」
乾杯、と声がかかり、皆が飲み物を掲げた。
パトリシアもロイドがとってきてくれた葡萄ジュースに口をつけつつ、それでも視線は二人から離さない。
歓迎のパーティー自体は上手くことが進んだし、ネロの服装をローレラン式にするというのは非常に評判がいいようで、あちこちから賞賛の声が上がっている。
彼は自らのことを血を流すことしかできない王だと言っていたが、そんなことはない。
先を見通せる王というのは貴重な存在だ。
彼はいい君主になるのだろうなとクライヴと話しているネロを見ていると、後ろからこっそりとロイドが声をかけてくる。
「御令嬢方にお気をつけください」
「……なにかありましたか?」
「ただの噂だとは思いますが…………ネロ陛下は独身でいらっしゃるので。……その、御令嬢方は耳がよいでしょう?」
ああ、なるほどと思わず頷いてしまった。
二人から視線を外し、少し離れたところにいる令嬢たちを見れば、彼女たちはクライヴとネロの二人を一心に見つめている。
ほんのり頬が赤らんでいるところを見ると、確かに気をつけたほうが良さそうだ。
「忠告ありがとうございます。本当に気をつけたほうがよさそうですね」
「ネロ陛下は騒がしいのはあまりお好きでないと聞きますので……その、この国に限らず御令嬢たちはいろいろな意味で強いので…………」
宰相の補佐という立場は、周りから見ると身分を保証されたように見えるらしい。
伯爵家とはいえ、長男でないのならと嫌がる令嬢も多いと聞く。
そんな中急遽宰相の補佐に抜擢された彼は、次期宰相になるのではと噂されているらしく、現在たくさんの縁談話が持ち上がっているようだ。
彼はそんな現状を、突然なかなかの勢いで当たり屋にぶつかってこられた気分だと称していた。
ちょっと意味はわからなかったのだが、少なくともこの現状を喜んではいないようだ。
だからこそ目がぎらついている令嬢たちを見て危機察知能力が発動したのだろう。
「ロイドさんは大丈夫なのですか? パーティーを楽しまれてもよいのですよ?」
「フレンティア様のおそばにいられればそれだけでじゅうぶんです」
「なるほど、私を盾にしていると」
「違います! そのような失礼なことをするはずがありません! むしろ僕がフレンティア様の盾になります!」
疑っているわけではないのだが、必死に否定する彼が面白くてついからかってしまった。
わかっているから大丈夫だと伝えれば、ロイドは安心したように胸に手を当て肩から力を抜く。
「……ひとまず、お気をつけください」
「そうですね」
社交界にほとんど顔を出せていないパトリシアには、今の令嬢たちの状況はほとんどわかっていない。
ドレイク夫人のように立場を弁え、令嬢たちを導く存在がいればいいのだが、そのような噂は聞かない。
パトリシアが五年後皇后となるのを気に食わないと思っているものたちも多く、簡単には止められないのだろうなとため息をついた。
「ひとまず、ネロ陛下にはあまり近付けさせないように……」
「私が何か?」
突然聞こえた声にバッと顔を前に向ければ、そこには先ほどまでクライヴと話していたはずのネロがいた。
パトリシアは慌てて膝を折り頭を下げる。
「ノーチス国王陛下にご挨拶申し上げます」
「ありがとうございます。顔を上げてください」
「感謝申し上げます」
背筋を伸ばしたパトリシアは、突然現れたネロの背後へと意識を向ける。
先ほどまでクライヴがいたはずの椅子には誰も座っておらず、どうしたのだろうかと考えた。
するとそんなパトリシアの視線の先に気づいたのか、ネロが答えてくれる。
「クライヴ陛下はフレンティア公爵と話があると、バルコニーに向かわれましたよ」
「父、ですか? ……一体なんの話でしょう?」
「さあ。それよりよろしければ」
クライヴが父である公爵に直接話なんて、なにかあったのだろうか?
パトリシアの預かり知らぬところで、なにか動きがあるようだ。
むっと眉間に皺を寄せているパトリシアの前に、ネロがそっと手を差し出してきた。
「……あの、一体?」
「ダンスをご一緒できればと」
「え?」
「あなたと踊りたいのです」
まさかの発言に、周りがざわりとざわついたのがわかった。
よりにもよってクライヴのいないタイミングでこんなことを言ってくるなんて。
パトリシアの後ろにいるロイドが慌てふためいているのが気配でわかった。
だがしかしパトリシアがここで顔色を変えては、下手に勘ぐられてしまう。
至って普通に、なんてことないことのようにその手をとった。
「ありがとうございます。喜んでお相手務めさせていただきます」
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