好意を向けられる

「フレンティア様。ノーチス国王陛下がお呼びでございます」


「…………」


 まさか昨日の今日で呼び出されるとは思わなかった。

 どうしようか……と顔を伏せたパトリシアに、侍女は追加で声をかける。


「ノーチス国王陛下より、パーティーの件でお話があると」


「……そうですか」


 数日後行われる歓迎パーティー。

 確かにパーティーの件を主に指示しているのはパトリシアなため、なにか疑問があって呼んだのだろう。

 それなら行かないわけにはいかないと、渋々立ち上がったパトリシアを見て、すかさずロイドが手を上げた。


「フレンティア様。パーティー関係のことでしたら僕もお連れください。お役に立てると思いますので」


「……そうですね。ついてきてください」


 気の利く人だ。

 ありがとうと視線だけで伝えれば、彼は軽く頭を振った。

 二人で皇宮内を歩き、ネロが暮らしている部屋へとたどり着くとすぐに中へと通される。


「ノーチス国王陛下にご挨拶申し上げます」


「ありがとうございます。しかしそのように堅苦しい挨拶は今後公的な場以外不要です」


「かしこまりました」


 顔を上げればそこには普段とは違う装いのネロがいた。

 いつものノーチスの服装ではなく、ローレラン形式の服装だ。

 どうしたのだろうかと瞬きを繰り返していると、そんなパトリシアを見てネロがああ、と口を開いた。


「今回のことでノーチス、ローレランとも両国の関係悪化を懸念しています。ですのでわかりやすいパフォーマンスをしようかと」


「なるほど……」


 確かに両国の関係を危惧している人は多い。

 そこでノーチス王がローレランの服装で公式の場に出るというのは、確かに友好的な印象を与えられるだろう。


「素晴らしいお考えかと思います」


「あなたにそう言っていただけると自信がつきますね。お呼びしたのはこの件なのです」


「この件……?」


 この件とはどの件だと首をかしげるパトリシアの前に、使用人たちがたくさんの服を持ってくる。

 どれもこれもローレラン式のものばかりだ。


「……これは?」


「服を選んでいただきたいのです。お好みのものはありますか?」


「――」


 どういうことだろうか?

 どうしてパトリシアが彼の服を選ぶのか、全くもって理解できない。

 なんとも返せず言い淀むパトリシアに、今度はネロが首を傾げた。


「私はこの国の流行等はわかりません。友好的な印象を付けるなら、そういったことも理解するべきかと思いまして」


「そういうことでしたらお手伝いいたします」


「よろしくお願いします」


 彼のいうことも一理あるなと頷くと、パトリシアは用意されている服をざっと見る。

 流石に皇宮がノーチス王へ用意したものだからか、質は一級品だ。

 流行を追っている服も多く、これならどれを選んでも大丈夫だろう。


「ネロ陛下は何色がお好きですか?」


「――…………私、ですか?」


「はい。お好きな色を取り入れた方がよろしいかと思いまして」


「………………そんなことを聞かれるとは思わなかったです」


 ぽかんとした彼はしばし考えるように顎に手を当てた後、思い出したようにパトリシアのほうへと視線を向けた。


「…………紫が好きです」


「でしたら……これなんでどうでしょうか? 黒に近い濃紺に銀の刺繍が映えますし、装飾品で紫を用いれば引き締まるかと」


「…………あなたはそれがお好きですか?」


「え? あ、はい。とてもお似合いかと思います」


「ならそれで」


 後ろにいる使用人たちに指示を出し、パトリシアが選んだ服が持っていかれる。

 無事彼に似合うものを用意できたと安心していると、当人であるネロは少しだけ疲れたようにソファーに腰掛けた。


「お忙しい中ありがとうございます。やっと選ぶことができました。……あれもこれもと疲れていたので」


「どんなものでもお似合いでしたので……。使用人たちもよかれと思ってやったことかと」


 使用人が暴走することはたまにある。

 主人に少しでもかっこよく、可愛く、そして美しくなってほしいと奮起するのだ。

 着飾った姿を見てこれでパーティーの主役は自分の主人だ!

 となる使用人たちをパトリシアは何度も見てきた。

 ネロは見目麗しく、使用人たちも着飾るのに力が入るのだろう。

 それは彼もわかっているのか、大きなため息と共に肩をすくめた。


「困ったものですがね。そうだ、こちらをお礼に」


 そう言ってネロが手を上げれば、使用人の一人が美しい装飾がされた箱を持ってくる。

 それを受け取り中を見れば、そこには蝶の形をした金の髪飾りがあった。


「……このような高価なものをいただくのは」


「お礼の品を受け取っていただけないとこちらが困ります」


「ですが……っ」


 確かに下賜されたものを断るというのは失礼に値するだろう。

 致し方ないとパトリシアは深く頭を下げ、ネロに感謝を述べた。


「ありがたく頂戴いたします」


「次のパーティーではぜひそれをつけてください。きっとあなたによく似合うでしょう」


「かしこまりました」


 用事は終わりだと言われ、パトリシアとロイドはネロに頭を下げてから部屋を出る。

 ネロからもらった箱をパトリシアに代わり持つロイドは、部屋から完全に離れ人気がないのを確認してから口を開いた。


「……差し出がましいのは重々承知しておりますが、お気をつけた方がよろしいかと」


「…………そう思いますか?」


 やはりそうかと顔を曇らせたパトリシアよりもロイドはもっと苦い顔をした。


「フレンティア様は次期皇后となられる方。いくらノーチス王といえどあのような…………」


「……そうですね。気をつけなくては」


 気のせいだと思った。

 ネロは基本的に淡白な人だったから、求婚された時もそんな感じだと思わなかったのだ。

 だがしかし、流石に今日の一件で理解した。

 彼はパトリシアに好意的なのだ、と。


「…………ど、どうしたらいいのでしょうか?」


「き、毅然とした態度で接するのがよろしいかと!」


 人から目に見えた好意を向けられたのはクライヴだけだったため、そういったことに慣れてないパトリシアはただただ動揺するだけだった。

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