五年の長さ
「クライヴ様……」
どうしてここに、と声をかけるけれど彼の目はパトリシアを見ていない。
じっとネロを見つめているクライヴは、ゆっくりと掴んでいた彼の手を離した。
「どういうつもりですか?」
「…………ご安心ください。彼女に頼み事をしていただけですよ」
「――頼み事?」
クライヴがこちらを見てきたので、こくりと頷いてみせた。
パトリシアが肯定したので一応納得はしたようだが、彼はまだ訝しんだ表情のままだ。
「とはいえ人目のあるところでそのような行為はやめください」
「おや。クライヴ陛下は嫉妬深いのですね」
「…………大切な人なので」
空気がひりつく。
当人であるはずのパトリシアが口を挟むことができないほど重たい空気に、どうするべきかと脳がフル回転し始める。
ひとまず今はクライヴだ。
彼から醸し出る重い雰囲気をどうにかしなくてはと焦っていると、ネロがくすりと鼻を鳴らした。
「大丈夫ですよ。私は彼女に求婚しましたが、すっぱり断られました。……あなたを選んだのだと」
「…………」
クライヴの瞳が大きく見開かれた時、ネロはパトリシアへと声をかけてきた。
「それでは例の件よろしくお願いします。あなたの考えをお聞きできる日を、楽しみにしています」
ネロはそれだけいうと、軽く頭を下げてバルコニーを後にする。
パトリシアも頭を下げて見送り、彼がいなくなってからクライヴへと顔を向けた。
「……本当に頼み事をされただけですよ?」
「………………わかってる。それでも嫉妬はしちゃう」
クライヴは歩くとバルコニーの手すり部分に腰を下ろした。
「なに頼まれたの?」
「ノーチスの新たな資金源を考えてほしいと」
「…………なんでパティが?」
まあ確かにそういう感想になるよなと、パトリシアは先ほどまでのネロとの会話をクライヴにも伝える。
黙って聞いていたクライヴは、最後まで聞き終わると盛大に眉間に皺を寄せていた。
「んー……まあ確かに、ノーチスは前国王に仕えていたものたちを一掃して、現国王の信頼できるもので固めたらしいから、軍人上がりってのはわかるけど」
「分野が違えば戸惑うのもわかる気はします」
「とはいえ……なんでパティなんだ」
ネロにとって身近で気軽に聞ける人がパトリシアだっただけなのだろうが、どうもクライヴはそこが気になるようだ。
不満を隠そうとしないクライヴに近づき、彼の手をそっと取る。
「私はこの話をお受けしました。それはローレランとノーチス、両国のためです。それ以外の他意は一切ありません」
「…………うん。わかってる」
ふう、と大きくため息をついたクライヴは、パトリシアの腕を軽く引っ張り隣に座らせた。
「パティはただでさえ忙しいんだから、絶対無理はしないでね? こっちでもノーチスとの関係を進められるように動いてるから」
「かしこまりました」
まあ確かに己の国のことだけでもかなり忙しいため、あまり時間は割けないだろう。
どうにかいい案が浮かべばいいのだが。
なにか方法はないだろうかと考えそうになった思考は、ふと先ほどのクライヴの言葉に向かっていく。
「ノーチスとのこと、なにか動きがあったのですか?」
「え? あ、ああ……。まあちょっとだけね」
「…………」
怪しい。
なんだかとっても怪しい反応だ。
この言い淀む感じといい、クライヴはなにかを隠しているに違いない。
じとっとした視線を向ければ、彼は慌てて立ち上がった。
「まあちゃんと決まったらパティにももちろん話すよ! それまではほら……パティも忙しいんだし、ね!」
「クライヴ様もお忙しいではないですか。…………私に話せないこととはなんですか?」
「は、話せないというか……今はってだけだよ。必ずちゃんと話すよ、絶対。…………ある意味関係者だし」
「はい? なにか言いました?」
「ううん! なんでもない!」
最後になにか言っていたようだが、聞きとることができなかった。
なので聞き返したのだが、どうやら教えてはくれないらしい。
まあここで聞き出そうとしても彼が口を開くことはないだろう。
しょうがないとため息をついたパトリシアに、クライヴは手を差し出してきた。
「話はここまで! それより踊ってくれませんか?」
「ここでですか?」
「表で踊ってもいいんだけど、パティも人目が多いの嫌でしょ?」
「……そうですね」
確かにネロと踊った時もすごかったのに、これでクライヴとも踊ったら令嬢たちの視線は凄まじいものとなるだろう。
ならこの静かな場所で一緒にいるほうがいいと、彼の手をとり会場から溢れてくる音に合わせて動く。
「本当はね、今日もパティにパートナーをお願いしたかったんだけど……」
「そう思ってくださるだけでも嬉しいです」
「婚約者って扱いになるんだからいいと思うんだけど……」
パトリシアが未来の皇后となることは決まっている。
しかし今の立場は宰相であり、皇后としての権利を使うわけにはいかない。
そこを弁えるためにも、五年間は彼の皇后としての役割は担わないことにしている。
皇太后からも許可は得ていて、変わりの仕事は彼女が変わってくれていた。
「今はまだ、ですね」
「……うん。五年てあっという間かと思ったけど、全然そんなことなかった」
しょぼんと頭を下げたクライヴに、パトリシアは思わず笑ってしまう。
彼も同じことを思ってくれていたのが、とても嬉しかったのだ。
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