騎士たちの訓練

「これはまた、難しい話をもらいましたね……」


「ある意味腕試しだと思うことにしています」


「なーんでパトリシアがノーチスのために頭使うんだ?」


「先ほど説明されたでしょう。現状動きのない両国の主張を上手くまとめるためです。妥協案というやつですね」


「妥協できるならはなからそうすればいいのに……」


「そうできないのが政治というやつなんですよ」


 ノアは真っ直ぐ突き進む傾向にあり、それがいいところでもあるのだが、この政治という面においては短所にもなってしまう。

 それを上手く扱うのがロイドであり、彼の行動力を逆手にとってことを収めてくれることが多いため、なんとも相性のいい補佐官二人を持てたものだと、思わず拝みそうになった。

 難しいことにうんうんと唸るノアに笑いつつ書類を片付けていると、ロイドがチラリと時計を確認する。


「フレンティア様。そろそろお時間でございます」


「もうそんな時間ですか。では、ノアさん。あとは頼みます」


「了解!」


 ロイドを連れて、パトリシアは執務室を後にした。

 そのまま歩いて外へと出ると、とある場所へと向かう。


「フレンティア様にご足労おかけして申し訳ございません。僕から叱っておきますので……っ」


「かまいません。たまにはこうして息抜きもありがたいですから」


 ぐっと拳に力を込めて顔を歪ませたロイドに、パトリシアは笑みを返す。

 執務室に篭りっきりはよくない。

 外を歩くのは心地よく、たまにはロイドとノアを誘って散歩するのもいいかもしれないと思った。

 ふう、と大きく息を吐き出し体から力を抜いた時、遠くの方から大きな声が聞こえ始める。


「騎士たちの訓練、始まってましたね?」


「のんびり行きましょう。フレンティア様がお越しくださるだけでじゅうぶんですから」


 近づけば近づくほど、威勢のいい声が聞こえてきた。

 それと共に剣が交わる甲高い音や、砂を蹴る音が響き渡る。

 今日も騎士たちは己の腕を競い合っているのだなと思っていると、彼らの修練場へとたどり着いた。


「セシル卿。お久しぶりです」


「――パトリシア様。お久しぶりでございます。本日はお越しくださりありがとうございます」


 騎士たちの指導をしていたのはセシル卿だった。

 彼に声をかければすぐに傅かれる。


「こちらこそ。久しぶりに騎士の皆様にお会いできて嬉しいです」


 立つよう言えば、彼はもう一度頭を下げてから立ち上がった。

 セシル卿が訓練中の騎士たちに声をかけようとしたので、それをそっと止める。


「皆さん集中されているようなので、このままで大丈です」


「……ですが、」


「私が見にきたのはこういう光景ですから」


「…………かしこまりした」


 納得してくれたらしいセシル卿は、パトリシアたちに頭を下げてから訓練の指示出しに向かう。

 パトリシアとロイドはそんな彼らを遠巻きに眺めてた。


「騎士たちの練度が上がっているそうです。陛下は皇子だったころから騎士たちと親しくしていたらしく、その陛下のためにとやる気に満ちているようです」


「我が国の騎士たちは元々志高い者ばかりです。……きっと、クライヴ陛下の力となりますね」


 そんな優秀な騎士たちがやる気に満ちているとなると、見ているこちらも元気が湧いてくる。

 即位したばかりのクライヴには隙も多い。

 だからこそ彼らが護衛をしてくれているというのは、とてもありがたいのだ。


「今クライヴ陛下の護衛についているのは……」


「セシル卿とその部下です」


「なら安心ですね」


 彼が誰よりも人を守ることに長けていることを、パトリシアは知っている。

 セシル卿に任せれば大丈夫だと思う心と共に、しかし用心に越したことはないと視線を下げた。


「クライヴ陛下にもっと、信用できる騎士がいればいいのですが……」


「………………陛下が信用されるかどうかはわかりませんが、少なくとも僕は信用できると思いますよ」


「? どういう――」


「フレンティア嬢!」


 声がかけられたほうを見れば、そこにはここにきた目的の人物がいた。

 彼はパトリシアを見つけると、手を振りながら走り寄ってくる。


「フレンティア宰相様、もしくはフレンティア様とお呼びしろ」


「あ、っと、失礼いたしました。フレンティア様」


「お元気そうですね。ルージュ様」


 そこにはアカデミーで騎士選択授業一位のクロウ・ルージュがいた。

 彼は傷だらけの顔で、しかし楽しそうに歯を見せて笑う。


「どうぞクロウとお呼びください。これから俺は、あなた方に仕える騎士になるのですから」


 そう、あの元奴隷の村に共に向かった一件から、クロウはセシル卿の口添えもあり一足早く皇宮騎士団入りをしていた。

 今は毎日扱かれまくっているらしく、見れば手や足にも切り傷や打撲の痕が多く見える。

 大丈夫なのだろうかとクロウを見るが、彼は本当に楽しそうにぶんぶんと腕を振った。


「セシル卿はすごいです。教え方もわかりやすいですし、めきめきと腕が上がっているのがわかります!」


「騎士の訓練は楽しいですか?」


「とても! もっと強くなって、もっと立派になって、必ず皇族をお守りいたします!」


 そう言い切ったクロウの顔は希望に満ちていて、パトリシアはそんな顔を嬉しそうに見つめた。

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