俺も

「…………眠れなかったの?」

 

「そう……ですね」

 

 目元が少し腫れているパトリシアを見て、シェリーが首を傾げた。

 セシル卿との一件のあと、部屋まで送り届けられたパトリシアは一人静かにベッドに寝転んで天井を見つめていた。

 眠りにつこうと瞳を閉じると、いろいろな感情が溢れ出してしまう。

 もやもやと考え込んでしまい、結局眠れなくてうつらとろりとしているうちに朝になってしまった。

 

「ですが大丈夫です。今日も元気に頑張ります!」

 

「そうね。がんばろー!」

 

「はい!」

 

 身支度を整えてリビングへと向かえば、そこにはもうクライヴが待っていた。

 机の上にはジェイコブが用意してくれたのだろう、たくさんの食事が置いてある。

 具沢山のスープにソテーされた魚、チーズの乗ったサラダと蒸された芋。

 パンまで置いてあって、これだけ準備するのは大変だっただろうと彼へ感謝を述べる。

 

「お気遣いいただきありがとうございます。ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございません」

 

「そんな! こちらこそこの程度のものしか用意できず……。お口に合うかわかりませんが、たくさん召し上がってください」

 

 もう一度お礼を言いながら椅子へと腰を下ろし、ありがたくいただくことにした。

 スープやサラダなどの野菜は新鮮で、チーズもとても濃厚で美味しい。

 魚はバターで焼かれているからか、香りがよくて大満足だった。

 蒸した芋もそのまま食べるのは初めてだったけれど、意外と美味しいものなのだなと驚いた。

 普段とは違う食事を楽しみつつも、三人は話を進める。

 

「昨日話してたけど、人手の心配は必要ないって話、どういうことなの? ここにいる人たちで全部じゃないってこと?」

 

「そうだ。……法を掻い潜ろうとする奴らは多い。どれほど騎士団の人間が目を光らせようとも、未だ自由になれてない奴隷たちは多い」

 

 そういう人たちを、今後何年も何十年も探し出しては救っていかなくてはならない。

 人々の意識から、奴隷という存在がいなくなるまで。

 それはきっと果てしないことだ。

 パトリシアが生きているうちにそうなればいいが、人の認知を変えるというのはとても難しい。

 

「新たに住民がくることも多いだろう。その時は頼んだ」

 

「もちろんです! 同じ境遇の者たちはみな家族のようなものです。ご安心ください!」

 

「じゃあ遅くなっても人手は増えるのね」

 

「……」

 

 そう、遅くなっても人手は増える。

 未だ救えていない奴隷たちを見つけ出せれば、彼らの何人かはここへ送られてくるはずだからだ。

 しかしそれで本当にいいのだろうかとも思う。

 この村は始まったばかりであり、経済的にはゼロに近い。

 この三年でどれほど貯められるかが、今後のこの村の繁栄にも関わってくるだろう。

 確かに人手は外から増やすしかないが、奴隷たちが集まるのを待つしかないのか。

 

「――あ、」

 

「パティ? どうかした?」

 

「えっと……いえ、なんでもありません」

 

 ふと思いついたことがあったのだが、話が長くなりそうなので一旦伏せておくことにした。

 最後のスープをありがたくもらい、お腹いっぱいにしてから立ち上がりみんなで外へ向かう。

 目的は葡萄畑だ。

 そこまでやってきたシェリーは、小走りで葡萄の観察をしている。

 

「……本当によくできてるわ。手をかけてないの?」

 

「実はあまりよく分かってはいなくて……。そこらへんは移民の人たちに任せていたので」

 

「……なら詳しい人いるわね。芽欠きとかもできてるし。私移民の人に話聞いてくる!」

 

「シェリー!?」

 

 走って移民たちの方へと向かっていったシェリーに、パトリシアは改めて感心してしまう。

 彼女の行動力は本当にすごい。

 きっとこれから先も彼女の勢いに助けられることもあるだろう。

 そんなことを思いつつ、パトリシアは残ったクライヴへと振り返る。

 

「先ほどのお話ですが、少し心当たりがあるのです」

 

「鉱山の人手の話?」

 

「はい。私が贔屓にしていたシャルモンをご存知ですか?」

 

「あの、ドレスとかの?」

 

「そうです。以前あそこのオーナーが事業を拡大したいと言っていたんです」

 

 パトリシアが皇太子の婚約者として贔屓にしていたショップ、シャルモン。

 ドレスをメインに扱っていた店舗だったのだが、皇都で人気も出て経営も安定してきたのか、新たな事業を画策していた。

 

「ドレスにあうアクセサリーも、セットで販売する。だそうです」

 

 ドレスとアクセサリーを別々に買うことは多い。

 令嬢たちは自ら組み合わせを決めて、個性を出したりするのだが、そこをあえてセットで売り出そうというのだ。

 

「ですが現在ある鉱山はほぼ全て、別の宝石店と提携しており独占が難しいようなのです。なので声をかけてみようかと。あちらから人員を送ってもらいつつ、売上の何割かをもらう形でもいいのかなと思いまして」

 

「なるほどね。手付かずなくらいならその方がいいかもだけど……。逆に人手が増えた場合はどうするの?」

 

 確かにこれから先、この村は人手が増えていく。

 その時に仕事がないのでは困る。

 だからこそ、パトリシアはシャルモンを押しているのだ。

 

「同時にこの村に加工場も設けるのです。最終的にはここでアクセサリーにする加工までを行い、出荷するだけの状態にまで持っていけるようにすれば、人手はいくらあっても足りません」

 

 宝石の採掘、カット、検品。さらにはその宝石をアクセサリーに加工して皇都まで持っていく。

 全てをこの村で補えれば、かなりの利益を得られるはずだ。

 シャルモンから送られてきた人たちで最初は採掘を行い、徐々に人手が増えたら彼らには専門的なことをやってもらう。

 さらにはここに住む奴隷たちも技術を学び、そのうち加工方面でも人手が増えるかもしれない。

 双方にとってプラスになるよう、パトリシアはうまく動くつもりでいる。

 

「まあ、シャルモンのオーナーが話を聞いてくださったら、なんですが……。今の私は皇太子の婚約者ではないので」

 

 社交界に出たところで、人々の視線は冷ややかなものだろう。

 皇太子妃になれなかった女として、女性たちからの心象は悪いはずだ。

 今までのようにパトリシアが着ていたから人気になるなんてことはなく、シャルモンにとってプラスだと思ってもらえるかはわからない。

 もちろん上手くいくよう説得するつもりだが。

 困ったように笑うパトリシアを見て、クライヴは不思議そうに小首を傾げた。

 

「心配いらないよ。誰のおかげで店が有名店になれたかわからないほどシャルモンが馬鹿なら、すぐにでも潰れる。そうなってないってことは、多少は頭がいいってことだよ」

 

「……上手くいくでしょうか?」

 

「パティがやることに、間違いなんてないよ」

 

 そんなわけはないのだが、応援してくれているのだろうと素直に受けとることにした。

 ひとまずパトリシアもまた、帰ったら手紙を書こう。

 どうなるかはわからないけれど、できることはやりたい。

 

「頑張ります」

 

「うん。俺も。――頑張るよ」

 

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