愉快な仲間たち

 それはある晴れた昼下がりのことだった。

 天気もいいし午後の授業もないということで、四人で庭園へときていた。

 カフェテリアでもらったサンドイッチやクッキーなどを手に、穏やかな時間を過ごしている。


「これ、アヴァロンから取り寄せたウチ自慢の薔薇の紅茶です。正しい手順じゃないんで、あまり美味しくないかもですが」


「紅茶の飲み方に手順とかあるの?」


「ええ。カップを先に温めておいたり、適正温度、蒸らし時間なども紅茶の種類によって違うんです。ただの紅茶といえど、手間をかけたらかけた分だけ美味しくなるんですよ」


「…………すご」


「飲めればなんだっていいけど」


「そういうお前が飲んでた紅茶たちは、使用人が丁寧に丁寧に淹れたものです。今後感謝して飲みましょう」


 手渡されたカップは、確かに普段よりも熱い気がした。

 けれど湧き立つ香りは鼻腔をくすぐり、きっと適正な手段で飲めたらもっと美味しいのだろうなと思う。


「……美味しい。やっぱりお貴族様はいいもの飲んでるのね。羨ましい」


「お貴族様ですから〜」


「お貴族はお貴族で大変だけどな」


 それはそうだ。

 平民の暮らしとは大きく違うが、それはそれで大変な思いもしている。

 特にクライヴとハイネは骨身に染みてることだろう。


「美味しいもの食べて寝て過ごせるわけじゃないことは、三人見てればなんとなく察する」


「まあ、貴族の中でも頑張ってるほうではあるからなぁ」


「あんたは少し違う」


「ひどいなぁ」


 実はハイネもいろいろ仕事をしているのだが、その大変さを表に出さない人ではある。

 もちろんシェリーもそれはわかっているので、戯れの一環として口にしているだけだ。

 どんどん仲が良くなっていっているなぁとほっこりしてしまう。

 カフェテリアの美味しいクッキーも食べつつほのぼのしていると、そういえばとハイネが口を開いた。


「即位がほぼ決まったっぽい」


「………………普通今言う?」


「今しかないかなぁと」


「あとなんだその曖昧なやつ」


「まあ実際曖昧なんだよ」


 こんなうららかにお茶を飲んでいる時に聞いていい話ではないと思うのだが、まあ周りに人もいないし気の知れた仲だからいいかと気にしないことにした。


「…………アカデミー辞めるのか?」


 クライヴの言葉に一瞬にして空気が変わる。

 そうだ。即位するということはつまり彼は国王になるということで、そうなった場合アカデミーは辞めることになるだろうし、こんなふうに簡単に会えなくなる。

 静まり返った場所で、ハイネが慌てて手を振った。


「いやいや! アカデミーは卒業までいるよ! 卒業してからいろいろ慣らして……二十歳くらいにはするってこと。親父も体強くないし、子供は俺と姉様だけ。親父の弟の子供もいて、そこがちょっとうるさかったんだけど落ち着いて」


「なるほどな。だからほぼ確定か」


「そ。実質今継げるの俺しかいないから。即位までに死んだらわからないけど」


「縁起でもないこと言うんじゃないわよ」


「んー、でもそこはわからないからなぁ」


 暗殺未遂が跋扈するあの場所で生きてきたからこその言葉だった。

 無事に生き続けることの難しさを知っているのだ。

 ハイネの言葉は正しい。だからこそ辛いのだ。


「……あと五年か」


「うん……。きっと一瞬だろうなぁ」


 自由は残り少ないらしい。

 王宮に入ってしまえば、それから先の人生は縛られてしまう。


「ま、悔いのないように生きますよ」


「…………だな」


 そうだ。

 パトリシアだってこの学園を卒業したら、その先どうなるかわからない。

 普通なら結婚して家を守るものだが、果たしてそれができるかどうか。

 元皇太子の婚約者を娶ろうなんて思う人、なかなかいないだろう。


「あ、そういえば気になってたんだけどさ」


 少ししんみりとした空気の中、それを払拭するようににハイネが手を上げた。

 その姿はさながら授業中に質問する生徒のようだ。


「皇国は新皇帝が即位する時三つ願い事叶えられるってのは本当?」


「なんでそんなことは知ってるんだ。……本当だよ」


「三つの願い……?」


 大体の人は知っているものだと思っていたが、シェリーの反応でそこまで有名なものではなかったことを知る。


「皇帝に即位する際、三つまで願いを言うことができるんです。その願いは可能な限り叶えられます」

「そんなの、皇帝なら普通じゃないの?」


「皇帝ほどしがらみに雁字搦めの存在なかなかないぞ」


 皇帝がなんでも自由だったら、今頃この国は存在していないだろう。

 だからこその三つの願いなのだ。


「過去の皇帝たちはその願いを使って叶えてたな。平民出の女性を皇后に、とか。法律の一部改定、とかな」


「あー……。普通なら許されないことも許されるんだ」


「許容範囲はあるけど。もちろん使わなかった皇帝もいる」


「いいなぁ。俺ならそれ使っていろんな願い叶えるけど」


「そんな大それた願い事なんて早々ないだろ」


「それはまあ、うん」


 使うか使わないかはその皇帝次第。

 使われる時は大体今までの当たり前を崩そうとすることが多いため、周りもヒヤヒヤものだろう。

 三つ全て使う人も珍しいらしい。


「……願いなぁ……。このままでいたいってのは、わがままなんだろうな」


「………………そうだな」


 それは絶対に叶わない夢だ。

 ここを卒業してしまえば、みんなバラバラになる。

 ハイネは国に、クライヴも皇室に。

 パトリシアとシェリーは結婚する。

 いつまでもは、ここに存在していない。


「わがまま、叶えてくれないかなぁ」


 ポツリと呟かれた言葉に、皆そっと瞳を閉じた。

 願うことは、たぶん一緒だから。

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