逆鱗に触れる
「見学、ですか?」
「そう。パティ選択授業見たことないでしょ?」
選択授業とは、騎士選抜試験に挑むための授業である。
確かにその内容を見たことはないため頷けば、クライヴはめんどくさそうな顔をした。
「一応皇族なもんで。たまに顔出して欲しいって言われてるんだよね」
「やる気に繋がるからなぁ。騎士希望のほとんどが皇族の守備をやりたがるし」
確かに。そんな中皇族であるクライヴが同じ学園にいて、彼が顔を出してくれたとなればやる気にはつながるだろう。
「クライヴ様はまだ、専属騎士をつけてませんから」
「んー……あんまり欲しいと思わないんだよ。知らない人が近くにいるのって好きじゃないし」
「専属騎士なら知らない人じゃないだろ」
「最初の話をしてるんだよ」
まあ確かに専属ともなれば基本そばにいるから、気の知れた人であるほうがいい。
それにプラスして能力値もトップクラスでなければ皇族の専属騎士は務まらない。
気難しいクライヴと相性の良い騎士を見つけるのは少し大変だろう。
「専属騎士って普通の騎士となにが違うの?」
「普通の騎士は騎士団に所属し、皇族やそれに連なる方を守る役目を担っています。皇宮全体の警護がメインの仕事ですね」
パーティーなどが開かれた際に外からの来客の護衛なども務める。
それが騎士団の騎士たちの仕事だ。
「逆に専属騎士は一人の人に忠誠を誓います。例えばクライヴ様の騎士になった場合、非常時に専属騎士がとる行動はクライヴ様の身の安全を第一に考える。ということです」
「ああ。なんかそっちのほうが騎士のイメージとあってるかも。たった一人の人に忠誠を誓うってところ」
「だから基本騎士志望のやつは専属騎士を目指すんだよ」
専属騎士は能力が高いことは確実として、主人となる人との相性も関係してくる。
常にそばにいて守るのだから不仲では意味がないのだ。
「だからクライヴ様にきて欲しいのでしょうね。もしかしたら、今の代の方が専属騎士になるかもですよ?」
「ええー……。できるなら年上がいいんだけど」
今のうちに相性を見ておきたいという思いもあるのだろう。
彼が近い将来専属騎士を持つのは確実なのだから。
「そんなわけで見に行くんだけどパティもどうかなって。僕よりいろいろ知ってるだろうし」
確かにパトリシアは元皇太子妃候補として、将来専属騎士になるはずだった存在がいた。
そういった意味でも少しはお役に立てるかも知れない。
「そうですね。そういうことなら、お邪魔させてください」
「俺も一緒に行こ。帝国の騎士がどれくらいのものか見てみたいし」
「私は汗臭いの興味ないからいいわ。部屋で読みたい本もあるし」
そんなわけで放課後、パトリシア、クライヴ、ハイネの三人は選択授業を見に来ていた。
学園の奥のほうにある森林をくり抜いた場所は、平に整地されている。
もっと奥には弓矢の訓練場や馬屋などもあるらしい。
やはりこの学園は広いな、と驚いているとメインとなる場所へと辿り着いた。
そこには二十人ほどの男性がおり、皆が木剣を用いて打ち合いを繰り返している。
汗を掻き息を荒げながらも懸命に励む姿を見て、パトリシアは懐かしい気分になった。
皇宮内にも似たような場所があり、そこでは日々騎士団の者たちが訓練をしていた。
似たような光景に過去を重ねていると、教官だろう男性が一人走ってやってくる。
「これはクライヴ殿下、ハイネ様。ようこそお越しくださいました」
「ラーシュ卿。お久しぶりです」
「どうも。またついてきちゃいました」
やってきた男性にパトリシアは見覚えがあった。彼は過去、現皇帝の専属騎士を務めた人だ。
年齢と体力的な問題で三年ほど前にその地位を退いたが、まさか学園で教鞭をとっていたとは。
「ラーシュ卿。まさかこのようなところでお会いするとは」
「お久しぶりでございます、フレンティア様。またお会いできて光栄でございます」
意外な再会を喜びつつ、彼に案内されて生徒たちと顔を合わせる。
教官の一声で瞬時に近づき、等間隔を開けて並ぶ。
騎士団でまず最初に練習することだ。
「本日もクライヴ殿下がお越しくださった。皆、失礼のないよう。そして己の能力を見てもらえることに感謝をしつつ鍛錬に励みなさい」
「「はいっ!」」
「解散」
その言葉で蜘蛛の子を散らすようにバラけた生徒たちは、また打ち込みに専念する。
この学園の生徒たちは優秀な騎士になるだろうなと感心して見ていると、ラーシュが一人の生徒を呼んだ。
「クライヴ殿下とハイネ様はご存知ですよね。クロウ・ルージュ。最年少でトップをとった、我が校期待の学生です」
そう紹介されたのは、あのカフェテラスで見たマリーの取り巻きの一人だった。
クロウ・ルージュ。最年少で騎士授業のトップになった男性。
彼は小走りでこちらまでやってくると、クライヴに向けて膝を折り頭を下げた。
「クライヴ殿下にご挨拶を申し上げます」
「頭を上げてくれ」
「感謝申し上げます」
ぱっと立ち上がったクロウの瞳には、目の前にいるクライヴしか映っていない。
彼の前には三人いるのに、そのうち二人には挨拶せず視界にも入れない姿を見て、彼がいかに盲目的なのかを理解した。
そこにラーシュ卿も気づいたのか、呆れたように生徒に苦言を呈する。
「そういうまっすぐなところはお前のいいところだが同時に悪いところだぞ。ルージュ、ハイネ殿下とフレンティア様にもご挨拶をしなさい」
「――……フレンティア?」
一瞬にして空気が変わる。
クロウの声がワントーン下がったからだ。
元より低く威圧のあった声がさらに圧力を増し、それだけで彼の機嫌が悪くなったことに気づけた。
一体なんなのか。
睨みつけてくる彼を、パトリシアはただ見つめた。
「……パトリシア・ヴァン・フレンティア。…………セシル卿を捨てた女」
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