答えを聞くのが怖い

「鉱山のほうはどうだったの?」

 

「入り口近辺くらいしか見れなかったけど、いい感じなんじゃないかな? あれがとれるなら財政も安定しそう」

 

「じゃああとは人手不足を補うだけか……」

 

「それもまあ、なんとかなると思う。そもそもまだ奴隷たちは連れられてくるだろうし」

 

「そうなの?」

 

 こくんと頷いたクライヴは、書類を手に持つとセシル卿へと目配せする。

 彼は瞬時に理解しクライヴのそばへと向かう。

 

「今日はこのままここに泊まろう。パティとシェリーはこの部屋を使って。俺は隣を使うから」

 

「よろしいのですか?」

 

「許可は得てるよ。騎士たちに見張らせるから安心して寝てね。おやすみ」

 

「……おやすみなさい」

 

 クライヴはセシル卿を連れて部屋を出て行ったのだが、やはりなんだかおかしい。

 いつものクライヴとは少しだけ違う気がした。

 なにかを急いでいるような、そんな感じがするのだ。

 シェリーも同じことを思ったのか、不思議そうに閉じた扉を見つめる。

 

「……あいつどうしたのかな?」

 

「…………どうしたんでしょうね?」

 

 クライヴが話してくれないということは、それはまだ話す時期ではないということなのだろう。

 もしくは本当に話せないことなのか。

 彼は身分がある人だから、そんなことがあってもおかしくはない。

 けれど少しだけもやっとしてしまう。

 なにか困り事があるのなら相談してほしい。

 もちろんそれができないから、彼は話さないのだろうけれども……。

 むすっとしつつ軽く唇を尖らせているパトリシアを見て、シェリーはニヤリと笑う。

 

「ふーん。いい傾向かも?」

 

「なんの話です?」

 

「なんでもなーい! さ、明日の朝も早そうだしさっさと寝よ!」

 

 シェリーはその話をするつもりがないのか、さっさと準備を終えるとソファへと寝転がる。

 それを見て慌ててシェリーの元へ駆け寄った。

 

「私がソファで寝ますからシェリーはベッドに……」

 

「私からしたらこのソファも豪華なベットよ。いいから、パティはベットに入りなさい」

 

「………………はい」

 

 一つしかないベッドを譲られて、パトリシアは大人しく寝転んだ。

 しばしの沈黙。

 友人とのお泊まりというのははじめての体験であり、できれば楽しみたいものである。

 やはりここは狭くても同じベッドでおしゃべりしながら寝落ちするのが一番いいだろうと、シェリーへ声をかけようとして動きを止めた。

 

「…………んぅ」

 

「……」

 

 どうやら寝ているらしい。

 眠りにつくまでがあまりにも一瞬すぎて、パトリシアはシェリーの方を向いたまま、まぶたをパチパチさせた。

 

「…………」

 

 しかたない。

 おしゃべりは帰りの馬車の中でしようと寝転がって、しばらく天井を見上げる。

 見慣れない光景だ、とぼんやりと思う。

 ここは知らない場所で知らない家で、パトリシアは旅をしてこの村までやってきた。

 今までにない出来事に、なんだか頭が動き続けている気がする。

 

「…………」

 

 むくり、と起き上がった。

 もう一度シェリーを見ると、彼女は幸せそうな顔をして寝ている。

 起こすのは忍びないと、音を立てないようにベッドから立ち上がった。

 今はまだ眠れそうにない。

 だから少しだけ外に出て気晴らしでもしようと廊下へ出ると、そこには寝ずの番をするセシル卿がいた。

 

「パトリシア様。眠れないのですか?」

 

「はい。少しだけ外に出てもいいですか?」

 

「お供を許していただけるのでしたら」

 

「もちろんです。お仕事を増やしてしまって申し訳ございません」

 

「そのようなこと、お気になさらず」

 

 セシル卿は素早く己のマントを脱ぐと、それをパトリシアの肩にかける。

 大きくて地面に着いてしまいそうなのを手で持ち上げつつ包まるようにすると、彼の温もりと香りを感じた。

 

「……懐かしい。昔はよくこうしてくださいましたね」

 

「パトリシア様は薄着すぎますよ。お風邪を召されたりしたら、専属騎士の名折れです」

 

 二人で目的地もなく外を歩く。

 今日は満月らしく、明かりがなくてもよく見えた。

 空気が澄んでいるからか星々は煌めき、夜空に散りばめられたダイヤモンドのように美しい。

 いつまでも見ていたいなと思いながらも、歩みを進めるため前を向く。

 

「……」

 

 そこには、大きな背中があった。

 頼り甲斐のある騎士の姿。

 彼は常に周りを気にして、後ろにいるパトリシアと目があえばにこりと笑う。

 この人は本当に、騎士として素晴らしい逸材だ。

 ただ守るだけでなく、主人に寄り添うこともできる。

 

「……セシル卿」

 

「はい。いかがなさいましたか?」

 

 ――そんな人を、私は。

 

「セシル卿は、私を憎んではいないのですか?」

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