決戦の狼煙
そしてその日はやってきた。
それはパトリシアが放課後に一人、図書室で本を読んでいた時のことだった。
「…………」
「……あの、」
「はい?」
「あ、えと……。暗くないですか? もしあれなら蝋燭持ってきますけれど……」
話しかけてきてくれたのは、ここ最近図書室の受付をしてくれている男の子だ。
どうやら一学年下らしく、図書室によく来るパトリシアにとっては顔馴染みとなっている。
最初にここにやってきた時の挨拶や、本を借りるときに話しかけた時、パトリシアに話しかけられると顔を真っ赤にして慌てふためいていたので、多分だけれど人と話すのが苦手なのだと思っていた。
だからまさか向こうから話しかけてくるなんて思っていなくて、パトリシア驚きつつも笑顔でお願いした。
「ありがとうございます。お願いします」
「――は、はい!」
走っていく彼の耳は真っ赤で、やはり人と話すことに緊張するタイプなのだなと納得した。
夕暮れに部屋全体が橙色に染まる。
蝋燭を持ってきてもらっても、後少ししかいられないなと残念に思う。
部屋で読むのもいいが、人のいない図書室というのも乙なものだ。
ずいぶん陽が落ちるのが早くなってきたなと思っていると、男の子が蝋燭を持ってきてくれた。
「ど、どうぞ!」
「ありがとうございます」
やはり蝋燭の灯りのもとだと読みやすい。
お礼を言いつつ本を読み始めれば、男の子はなにも言うことなく立ち去った。
それからしばらくは、ページをめぐる音だけが室内を占領した。
「………………あ、」
ゴーンと鐘の音が鳴る。
帰りの時間を知らせてくれるその音を耳にして、パトリシアは立ち上がり本を片付けた。
部屋にはまだ借りている本があるため、今日は手ぶらで帰ることにしよう。
男の子のところまで行くと、火を消した蝋燭を返す。
「ありがとうございます」
「……あ、っ、はい。……あの、今日は本は?」
「まだ借りている本が部屋にありますので」
「……そ、そう、……ですか」
「それでは、さようなら」
「――さ、さようなら」
軽く頭を下げてパトリシアは図書室を後にする。
図書室から帰るには一度教室の前を通るため、最近は荷物を置いて行っていた。
なのでそれをとりに教室へと戻り、鞄を手にして寮へと向かう。
部屋に荷物を置いたら三人と合流して食事に行く予定なので、さっさと帰ろうと足を早める。
空は濃いオレンジを侵食するように濃紺が広がっていく。
肌寒さを感じつつもなんとか暗くなりきる前に部屋へと辿り着き、鞄をテーブルに置いた。
その時だ。
「……ん?」
鞄の底から、ゴトッというなにやら固いものがあたる音がしたのだ。
最初は本がなにかかとも思ったのだが、どうも違和感がある。
一応中身を確認しようと鞄の中身を全て出してみれば、そこには見慣れないものがあった。
可愛らしい桃色の花を模した髪飾りだ。
金色の淵にガラス細工で花びらを形作り、その中心に黄色の小さな宝石がついたもの。
「……これは?」
少なくともパトリシアの手持ちにこのようなものはない。
けれど確かに鞄に入っていて……。
「――、」
ふと気づく。
そもそも今身につけている髪飾り以外を持ち歩くようなことはしない。
ということはつまりこれは、誰か別の人のものだということだ。
そう思った時には全ての道筋が頭の中で組み立て上げられた。
似たような話をパトリシアは聞いている。
汚名を被せられた友人のことを思い出し、さっと顔色が変わった。
もしこれが彼女のもので、以前のシェリーのように罪を着せようとしていたのなら。
まずいと慌てて髪飾りを手に持ち、外に出ようとした時だ。
――コンコンッ
扉がノックされる音がした。
「――……」
やはりくると思った。
この状況なら、絶対に逃げられないようにするだろう。
だからこそパトリシアが部屋に戻るその時を見逃すはずがないのだ。
ごくりと強く喉を鳴らす。
――コンコンッ
もう一度ノックされる。
パトリシアは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
予期せぬタイミングで決戦の狼煙が上がったらしい。
ここで手を間違えるわけにはいかないと、ひとまず髪飾りを机の上に置いてドアの方へと向かう。
前に立ち、己の拳を強く握りしめる。
大丈夫。
これくらい乗り越えてみせる。
そっとドアノブを捻り扉を開ければ、そこには困惑した表情のシグルド、ロイド、クロウ。
そして――。
「……こんばんは。皆さま、なんの御用でしょうか?」
三人に気づかれないようにニヤリと笑った、マリーがいた。
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