仕返し

「……フレンティア嬢」


「こんばんは、皆さま。どうなさいました?」


「…………」


 言いづらそうに視線を下げたシグルドに、パトリシアは穏やかに微笑む。

 表面上はまだなにも起こっていない。

 ならば相手の思い通りにする必要はない。

 慌てた様子のないパトリシアを見て、マリーは少しだけ顔を歪めた。


「私の大切な髪飾りが盗まれたんです! ……なにかご存じないですか?」


「髪飾りですか? ……今のもの以外につけてらっしゃるのを見たことがないのですが?」


 マリーの髪飾りは今もつけているリボン状のものしか見たことがない。

 もちろん毎日のように会っているわけではないから、知らないものがあってもおかしくはないのだが。

 少なくともパトリシアは彼女の髪飾りの中に花柄のものがあるなんて知らなかった。

 だから答えない。

 見覚えのないものが手元にあったとしても。

 向こうから情報を出させるのだ。


「花の形をした髪飾りです! 母から買ってもらった大切なもので……宝石のついたとても高価なものなんです」


「……花の、ねぇ」


 ちらりと奥にある机を見れば、みんなの視線がそちらへと移動する。

 必然的にその上にある髪飾りを見つけ、マリーはニヤリと笑った。

 しかしそれも一瞬。

 すぐに悲しそうな顔をすると、目の前にいるパトリシアを押し退けて部屋へと入ってきた。

 彼女はまっすぐ髪飾りの元へ向かい手に取ると、それを見せつけるようにこちらへと持ってくる。


「――これ、私のです。どうしてここに……?」


 素晴らしい演技力だ、と思わず褒めてしまいそうになるほど、彼女の表情は悲しげだった。

 シェリーの時も同じような感じだったのだろうか?

 だとしたら確かに騙されてしまうのも納得してしまう。

 パトリシアは至って普通に、まるで天気の話でもするかのように軽く口にした。


「知らぬ間に入っていたんです。それ、マリーさんのものだったんですね」


「……パトリシアさんが取ったものじゃないって言いたいんですか?」


「ええそうです。よくお分かりですね」


 褒めたはずなのに、マリーは眉間に皺を寄せた。


「ならなぜここに? ここはあなただけの部屋ですよね?」


「そうですね。鞄に入ってたんです。不思議ですよね?」


 疑問を疑問で返すのは失礼に値するのだが、そんなことを気にしてはいられない。


「返します。いりませんので」


「――……いらない?」


「ええ、いりません。無事元の持ち主の方にお返しできてよかったです」


 驚愕に顔を歪ませるマリーを見て、パトリシアは穏やかに笑う表情を崩さない。

 明らかにこちらを犯人に仕立て上げようとしていたのでのらりくらりと避けていたのだが、どうやら上手くいったようだ。

 黙り込んだマリーは、しかしすぐに口を開いた。


「人のものを盗んでおいて、そんなこと言うんですか?」


「盗んでおりません。私には不要なものですから」


「ならなんでこれが、パトリシアさんの部屋にあったんですか?」


「誰かが私の鞄の中に勝手に入れたのでしょうね?」


「そんなの! 誰が信じるんですか!?」


「さあ、誰でしょう?」


 ちらりと視線をずらせば、そこには口を閉ざす三人が立っている。

 クロウとロイドはどうしたらいいのかわからないという顔をしているし、シグルドに関しては苦虫を潰したような表情をしていた。

 本来なら関わりたくはないのだろうが、こうなったのには三人にも責任があると話しかけた。


「御三方はどう思われますか?」


「…………俺、は」


「…………」


「…………マリー。もうやめよう」


「――……シグルド? なにを、言ってるの?」


 シグルドが一歩前に出て彼女の腕を掴む。

 その手には髪飾りが握られている。


「……前回と同じだ。シェリー・ロックスの時と。……流石に同じ手は二度通じない」


「――は?」


 掴まれている腕を強く振り払うと、マリーは一歩後ろに下がる。

 表情が変わった。


「なに言ってるのよ。……シェリーの時とは違うわ。彼女は学園で私のものを取ったのよ? 先生に言わなきゃ……」


「私が取った証拠はあるのですか?」


「ここにあるじゃない! 私の手の中に! みんなが見たわ。ここにあったことを!」


 まただ。

 また物的証拠しか彼女は用意していないのだ。

 シェリーの時にそれで上手くいってしまったから味を占めたのかもしれないが、あまりにも詰めが甘すぎる。

 どうせやるなら完全犯罪にしなくては。

 こうやってどこからともなく崩されてしまうのだから。


「私がいつ取ったとお思いなのですか? 授業中も休み時間も、クライヴ様、ハイネ様、シェリーの誰かと共におりました」


「……なら放課後は? 今日はなにをしていたの?」


「図書室にいました」


「誰と?」


「…………一人でですが」


 彼女の瞳がきらりと光ったような気がした。

 きっと付け入る隙を見つけたと思っているのだろう。

 実際そこをついてきた。


「ならその時に盗んだんですね。これは最近ずっと鞄に入れて持っていたから……。クラスに忍び込めば盗めます」


 ふむ、と腕を組んで頭をかしげる。

 そもそもなぜ髪飾りを身に付けずに持っていたのだろうか?

 仮にとても大切なもので、ずっと肌身離さず持っていたというのならわかる気はするが、彼女は今【最近】と言った。


「では私がクラスに盗みに入ったという証拠は?」


「だからそれはここに髪飾りがあることが証拠で……」


「――パティは図書室から一切出てないわ」


 マリーの声を遮るように、シェリーの声が聞こえてきた。

 驚いてそちらを見れば、そこにはシェリーとハイネ、そしてクライヴがいた。

 シェリーはにやりと笑うと、自信満々に言った。


「こっちには証人がいるのよ」

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