笑顔の裏にはなにがある?

「シェリー……と?」


「今日図書室の当番だった一個下の子」


「……なぜ?」


 確かに彼は、暗くなってきたからと蝋燭をくれた男の子だった。

 三人に連れてこられたのだろう男の子は、注目を浴びているからか、顔を真っ赤にしながらちらちらとパトリシアへ視線を向けている。


「この子は図書室にずっといて、パティも出てないことを知ってる。そうでしょ?」


「――、は、はいっ! フレンティア様は図書室から一度も出てないです!」


 どうやらこの証言のためだけに連れてきてくれたようだ。

 だがしかし、そんなことで諦めるはずがないマリーが食ってかかる。


「なら図書室に行く前に……」


「誰かに見られるだろうな。パティは放課後になってすぐに向かったから」


「な、なら……図書室から帰る時に」


「暗かったらしいですよ? 蝋燭がないと室内では本が読めないくらいには。そんな状態であなたの机を見つけ、鞄の中から髪飾りを盗んだと? 机の場所も、そもそも髪飾りがそこにあったことすら、フレンティア嬢は知らなかったのに?」


「――そ、そんなのっ」


「いい加減にしろよ」


 ドスの効いたクライヴの声に、マリーの肩が跳ねる。

 周りにいた人たちも流石に驚き、彼へと視線を集めた。


「そんな髪飾りをなんでパティが盗むわけ?」


「そ、それは……っ。これが高級品だから」


「高級品? そんなものが?」


「――、」


 確かに宝石がついていてガラス細工も綺麗なそれは、高値で売られていたことだろう。

 だがしかし、言い方は嫌味っぽくなってしまうが格が違うのだ。

 クライヴは部屋に入ってくると、パトリシアへ視線を送り許可をもらう。

 小さく頷いたパトリシアを見てから、彼は鏡台の上に置かれている髪飾りを一つ持ってくる。


「これ。パティが持っているものの中でもかなり安いものだよ」


 それは真ん中に赤い薔薇が装飾さている、金色の髪飾りだ。

 一見するとマリーの髪飾りに似ているようにも見えるが、クライヴはその違いをはっきりと口にする。


「真ん中の薔薇も宝石。そのそばに散っている透明な石はダイヤモンド。台に使われている金も純金だ。これだけで平民の年収半年分以上の金額になる」


「…………」


「これでもパティが持ってるものの中では安い方だよ。それで? 高級品がなんだって?」

 まさかの値段勝負に、みんながぽかんとしてしまう。

 やられているマリーですら同じような顔をしているのだから、まさかの方向からの攻撃だったようだ。

 そしてさらに、別方向からの追加攻撃も仕掛けた。


「だいたい、元とはいえ皇太子の婚約者だったパティがこの程度のもの欲しがるわけないだろ。皇宮に集まるものは全て一級品だ。少し考えればわかるだろ」


「「皇太子の婚約者!?」」


 やはりマリーは知らなかったようである。

 そしてもう一つ、被るように聞こえてきたのはシェリーの声だ。

 彼女は信じられないと言いたげな顔をしてパティを見てくる。


「婚約破棄したって……皇太子? え、じゃあパティは本来なら……皇太子妃だったってこと…………?」


「元! 元ですから……」


「元だろうがなんだろうが! 初耳よ!」


 そこは申し訳ないと素直に謝る。

 もっと他の方法で言おうとは思っていたのだと伝えるが、シェリーはぶすっとしてしまう。

 あとで勉強会をして彼女の機嫌を取ろうと決めていると、声を上げてからぴくりともしていなかったマリーへ、クライヴが声をかける。


「わかったか? 誰もお前の言うことを信用しないのはみんな知ってるからだ。パティが元皇太子の婚約者で、公爵家の令嬢だってこと。そんな髪飾り簡単に手に入るどころか、見たことすらないよ」


 マリーの目が揺れる。

 それを見てなお、クライヴが手を緩めることはしない。


「他の女子だったらいけてたかもだけど、パティを相手にしようなんて甘いんだよ。彼女は、お前が羨める存在じゃない」


「――っ、」


 顔を伏せたマリーを憐れむつもりはない。

 彼女はパトリシアに害を成そうとしたのだから。

 ――ただ。

 ただ少しだけ、彼女の気持ちもわかるのだ。

 だからこそパトリシアは一歩前に出ると声をかけた。


「あなたの気持ちもわからなくはないですよ」


「…………なにが? なんでも持ってるあなたになにがわかるのよ」


 絞り出すように言われた言葉に、パトリシアはそっと窓から見える夜空を見上げた。

 そうだ。

 なんでも持っていられたら、こんな思いはしなかったのに。


「一番欲しかったものはもう、奪われてしまいました。……いいえ、最初からこの手の中にはなかったのかもしれません。持っていると錯覚していた、私が悪いのでしょうね。だからこそそれを持っていた彼女を、羨望の眼差しで見つめていたはずです。そうじゃなきゃ、私は婚約破棄をしてここにいません」


 だから全てを持っているわけではないし、嫉みを持たずにいられたわけでもない。

 羨ましいと思う心は、ずっと前から持っている。

 パトリシアの話を聞いたマリーはそっと顔を上げる。


「………………ごめんなさい」


「――はい」


 マリーからの謝罪に、パトリシアは深く頷いた。

 彼女からこの言葉を聞けただけで充分だろう。

 パトリシアの無実は証明されたのだから。

 ほっと安心したように息をついたハイネやシェリーを見つつ、パトリシアはにっこり微笑んだ。


「謝罪だけで済むと?」


「――え、」


「人に罪を着せようとしたのに、謝罪だけで済むとお思いですか?」


「…………いや、あのっ」


「シェリーの件もございます。あ、そちらの御三方も部屋の中へ。全てを。あなたが今までしてきた全ての罪を洗いざらいお話しください」


 パトリシアの仮面のような笑顔を見て、マリーが一歩後ろに下がる。

 だがしかし、それを肩を掴むことで制する。

 逃がすつもりはないと、両手に力を込めた。


「私、謝罪だけで許すほど優しい人ではないんです」

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