売り言葉に買い言葉
「……なんでこんなことに…………」
「詳しい話は王太子殿下にお聞きください。それでは我々はこれで」
「ありがとう」
「失礼いたします」
二人きりにしないでと手を伸ばしかけるが、彼女たちはにこりと笑うだけで去っていった。
本当にどうしてこうなったのだと頭を抱えそうになっていると、ハイネが侍女に目配せし新しい紅茶を用意させる。
「まあまあ。ひとまず飲んで落ち着いて」
「落ち着く……? こんな騙し討ちのようなことをされてどう落ち着けと……?」
「それは……悪いことをしたとは思ってる」
「謝るくらいならなかったことにしてください!」
王太子妃になんてなりたくない。
そんな思いで懇願すれば、ハイネは大きく目を見開いた。
「なかったことにって……王太子妃になりたくてきたわけじゃ」
「父に言われて仕方なくきました。望んできたわけではありません」
「なーるほど? でもなぁ……」
フローラの思いを理解してはくれたようだが、どうも反応が思わしくない。
腕を組んでうんうん悩み出したハイネは、その後困ったように笑う。
「ここにくるってことは王太子妃としての資格がある令嬢で、家はそれを望んでて、一応試験的なのもクリアしてる。これでこっちからダメっていう方が厳しいというか、こちらも早めに決めたかったというか……」
「……というか、そんな簡単な決め方でいいんですか?」
用は前回婚約者の悪口を言わなかったから合格となったわけだが、こちらから言わせればなんだそれはという感じだ。
そんなへんてこな決め方で国民が納得するわけがない。
もっときちんと決めるべきだと伝えれば、ハイネはどこか遠い目をした。
「いいんだ。王太子妃にはなにも望まない。あなたもそんなふうに気負わずに、気軽に引き受けてくれ。ほら、贅沢できると思ってさ」
「…………はぁ?」
急になに言ってるんだ? と訝しげな視線を向ける。
気軽に引き受けていい内容ではないことくらい、王太子妃に興味のないフローラですらわかることだというのに。
なんだこの頭の痛い状況は、と思わず頭を押さえそうになるのをぐっと堪えた。
「あなた、責任って言葉知ってます?」
「え、あ、はい」
「知っていたらそんなこと言えないはずです」
フローラはキッとハイネを見ると、ほぼ息をすることなく言い続けた。
「王太子妃及び王妃は確かに贅沢できる立場にあると思います。ですがそれは重圧に対する対価で与えられるべきものであり、贅沢したい、なにもしなくていい、なんてことは通用しません。あなたの考えがそうであっても、ただ遊び呆ける王妃に国民が納得するわけがない。いまはやっと教皇の力が弱まったばかりで、王室の尊厳を下げるのは得策でないとわからないのですか?」
「あ、はい。わかります」
「わかるのなら! ――…………あー、その。そんな適当に考えず、ちゃんと見つけるべきだと思いますよ、ほんと」
いつのまにか熱を上げてしまったと気づき、慌てていつも通りを装う。
とりあえず言いたいことは言えたと、前のめりになっていた体を戻す。
もうなんでもいいから家に帰してほしいと思っていると、驚いた顔をしていたハイネはゆっくりとその表情を微笑みに変えた。
「いやぁ……。まさかそんなこと言われるとは思わなかったわ。だって普通なら喜ばない? 贅沢して好き勝手していいんだよって言われたら」
「私には恐怖の言葉でしかないです。国の長たるべき存在がそんなに無知なのかと……」
「無知かぁ。はっきり言うなぁ」
「…………まあ、その心配はなさそうですが」
最初はなんて愚かな人なのかと思った。
こんなことを言う人が次代の王だなんて、この国も終わりだなと。
いっそ他国へ移ったほうがいいのではと思ったけれど、彼の顔を見ていて気がついた。
どうやらこのやりとりも、フローラを見極めるためのものだったようだ。
なんて性格の悪いことをするのだと睨むが、目の前の端正な顔は表情を変えない。
「お、やっぱり気づいたか。いいね、本当に」
「………………可能なら辞退したいと思っているんですが」
「できると思う?」
熱に促されてあんなことを言ってしまった後悔が、今になって押し寄せてきた。
どうせ侯爵家でも金食い虫になるつもりだったのだから、王妃だってそうしてもいいじゃないかと今なら思う。
……だがしかし、あり得ないと思ってしまったのだ。
そんな能天気な王妃では、今のこの国は前に進めない。
消えた教皇という立場は、それほどまでにこのアヴァロンにとって大きな存在だったのだから。
いまはこれ以上国民の反感を買うべきではない。
「本当に私が…………」
「王太子妃。本当は婚約者から始めるべきなんだけど……可能ならすぐ結婚したい」
「無理です。せめて婚約者で! そうじゃなきゃ絶対お断りします!」
「おっけー、ならまずは婚約者だ。家には通達しとくから」
「あ…………」
売り言葉に買い言葉。
ついつい言ってしまった言葉のせいで、フローラは王太子の婚約者となってしまった。
まさかこんなことになるなんて。
青ざめるフローラに、ハイネは楽しそうに口を開いた。
「よろしくなー。いい国王と王妃になろうな」
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