決まった

「…………どういうことですか」


「ごめんなさいね」


 そう言ってにっこりと笑う彼女は、先ほどまでセシリーの悪口を言って楽しんでいた人と同一人物には思えなかった。

 真っ直ぐと背筋を伸ばし紅茶を口に含んだヘレナは、侍女に目配せをする。


「……ひとまず殿下、お座りになられたらどうです?」


「そうする。立ちっぱなしってのも疲れるんだよなぁ」


 そう言いながら準備された椅子に腰掛けた王太子―ハイネ―は、隣にいるフローラににこりと微笑みかけた。


「いやぁ、それにしても面白かった。こんなに笑ったのはアカデミー以来だ」


「いや、王太子殿下の感想とかどうでもいいので、説明してください」


 そんな言葉にすら笑うハイネに、なんだこの人、となんとも言えない視線を送る。

 そんなちぐはぐな二人を見て、ヘレナは大きくため息をついた。


「ひとまず説明をすると、今までのが全てある意味で試験のようなものだったんです」


「………………試験?」


「フローラさんには全てお話ししましょう」


 ヘレナの話ではこうだ。

 そもそもハイネには婚約者がいたがその父親である教皇が捕まり、さらにはその婚約者本人も他国で問題を起こしたという。

 実際はその問題が起こる前には婚約を破棄していたらしいが、しかし元王太子の婚約者が罪を犯したというのは消えようのない事実だ。

 だからこそ王室は、次の王太子妃選びに慎重になっていたらしい。

 どんな人を選べばいいのか。

 親の力だけではなく、やはり本人の意思もきちんと見なくてはならない。

 二度と同じことを繰り返さないようにするためには……と考え、そしてとある結論に至った。


「適齢期の資格ある令嬢たちを集めてみよう、と」


「…………はあ?」


「ついでだからと彼女たちの本音を知ろうとこの機会を設けたんです」


「……意味わかりません」


「元婚約者であるセシリー様は、ある意味知識不足や考えの浅はかさからこの結果になりました。二度と同じことを繰り返さないためにも、我々がすべきは婚約者候補の本質を見ることです」


 なるほどわからんとフローラは小首を傾げた。

 いや、言いたいことはわかるのだ。

 つまるところセシリーと同じように浅はかな人を選ぶわけにはいかないからと、こうして集めた令嬢たちの本音を聞く場を設けたのだろう。

 確かにあの圧力の中ならばセシリーのことをよく思っていなければポロッと口にしてしまうだろうし、意志の弱いものならば賛同してなんとか場をやり過ごそうとするはずだ。

 しかしその選択をするような人ならば、最初から王太子妃になんて向いていない。

 それを見抜くための場なのだろうが、いかんせん納得できないところがある。


「なぜあなたがたはここに? 王太子妃に選ばれるためにきたのではないのですか?」


 彼女たちだって適齢期の資格ある令嬢だ。

 王太子妃に憧れたりもするのだろう。

 だがそちら側に立つということは、少なくとも王太子妃になるつもりはないらしい。

 どうもフローラの中では令嬢たちはみなそういった立場に憧れを持つというイメージが強いため、違和感があるのだ。

 だからこそその質問を投げかけたのだが、令嬢たちは顔を見合わせるとくすくす笑う。


「実は私たち、前回の婚約者候補だったのよ」


「前回? というと……」


「呆気なくセシリー様に負けてしまった人たち、ということよ」


 なるほど。

 彼女たちがなぜここに選ばれたのかはわかった。

 しかし。


「もう一度目指そうとは思わなかったんですか?」


 前回候補に上がったのならば、彼女たちはその資格があるはずだ。

 そして多分だがやる気も。

 ならもう一度やろうとしてもいいのに。

 なぜそうしなかったのかと聞けば、一人が肩をすくめた。


「無理よ。……私たち、みんなセシリー様のこと嫌いだもの。この場に呼ばれたら、あることないことぺらぺらしゃべってしまうわ」


「王太子妃候補だなんて言われても、結局は教皇の力には敵わずあえなく夢砕けた。だというのにそんな、私たちが喉から手が出るほど欲しいものをなんの努力もなく手に入れて、それをあっさり捨てた女なんて誰が好きになると思う?」


「それはそう」


 納得するように頷けば、彼女たちは楽しそうに笑った。

 多分もう吹っ切れてはいるのだろう。

 しかしそれでもやはり思うことはあるから、彼女たちは今回のこの候補者に名乗りをあげなかったのだ。

 なるほどなと頷きつつも、ん? と首を傾げた。


「私これ聞いちゃってよかったんですか?」


 参加者みんなにこのことをしているわけで話はないのだろう。

 資格ある令嬢ならここにこれるということは、ある程度の人数がいるはずだ。

 一日二日で終わればいいが、それよりも長引くのなら噂が広まってしまう可能性もあるだろう。

 もちろんフローラは面倒ごととは関わり合いたくないので言うつもりはないが、大丈夫だったのだろうかと不安そうにすれば、なぜかヘレナはにっこり笑う。


「心配ありがとう。でも大丈夫よ。だってもう決まったもの」


「決まったって、王太子妃候補ですか?」


「ええ」


「なーんだ! ならこんなことしなくてよかったじゃないですか。……まあ美味しい紅茶飲めたんでよかったんですけどね」


 そう言って紅茶を口に運ぶフローラに、周りからもくすくすと笑い声が湧き上がる。

 いったいなにがそんなに面白いのかと眉間に皺を寄せると、そんなフローラにヘレナは衝撃的な言葉を浴びせた。


「気づいてないみたいだから言うけれど、あなたに決まったのよ?」


「なにがです?」


「だから、王太子妃よ」


「…………ん? ………………んん? ……………………えええ!?」


 やっと気づいたフローラに、ヘレナは声を上げて笑った。

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