出会い

「……本当に来ちゃった」


 アヴァロン王国王宮。

 この国の誰もが一度は訪れたいと憧れるその場所に、顔を真っ青にしたフローラは無事到着してしまった。

 面倒ごとに巻き込まれるのは心底嫌だし、できることならば踵を返して逃げたい。

 けれどそれをしたら最後、侯爵家には二度と入れてもらえないだろう。

 それだけは困る。

 侯爵家で悠々自適のスローライフを送らなくてはならないのだから。


「――よしっ!」


 ならばやることは決まっている。

 一日でも早く王太子妃候補から離脱しなくては。

 周りとは違う理由で決意を新たにし会場へと向かったフローラは、そこで三人の女性と顔を合わせることになった。


「伯爵家、レイナ・アルベルトです」


「子爵家、ネル・バートリーと申します」


「侯爵家、ヘレナ・メルセデスですわ」


「……同じく、侯爵家、フローラ・マレーです」


 きらきら、きらきら。

 光り輝く美しい女性たちに、フローラは体を縮こませた。

 あまりにも場違いすぎる。

 少なくとも自分はこんなにキラキラした人にはなれない。

 やはり一刻も早くここから脱しなくてはと拳を握り締めていると、自己紹介が終わったのだからと令嬢たちが話し始めた。


「それにしても急でしたわね。準備に時間もかけられませんでしたわ」


「あら、それにしては豪華で美しいドレスですこと」


「お褒めいただきありがとうございます。侯爵家の者として当然のことですわ。いつなにがあるかわかりませんので、常に用意しておりましたの」


「…………」


 フローラはにっこりと口端をあげたまま、ティーカップを手に固まっていた。

 令嬢たちの水面化の戦いに、とてもじゃないが混ざることはできそうにない。

 黙って聞いていようと紅茶を一口飲めば、その美味しさに目を輝かせた。


「特に今回は、セシリー様があんなことになりましたでしょう? 流石に色々準備はしておりましたわ」


「……まあ、それはそうですね」


 誰だっけ、と頭の中でセシリーという人物を探る。

 世間というものに興味がなさすぎるフローラは、今話題の人というのがわからないことのほうが多い。

 だがしかし、流石にその人のことはすぐに思い出すことができた。


「まさか教皇様が捕まって……。セシリー様も国外追放になるだなんて」


「まあわたくしは初めから彼女に王太子妃なんて務まらないと思っておりましたわ」


「それは……ねぇ。みんなが思っていたことですよ」


 にやにやと笑う彼女たちに、フローラは手に持つ紅茶をじっと見つめる。

 聖女と呼ばれ、未来の王太子妃としてたくさんの人から誉めそやされていた女性。

 同年代の女性から嫉妬されるのは当たり前のことだ。

 有名になるのもやはり大変なのだなと哀れみの視線をカップへ向けていると、話はどんどんエスカレートしていく。


「セシリー様とお話しさせていただく機会がありましたが、全然話が噛み合わないんです。なんというか……あの方はどこか人とズレていたと思います」


「わたくしも話したことがございますが、言っていることとやっていることが違うというか……。そんな人が未来の王太子妃だなんて恐ろしいと思っていましたの。ですがやはり教皇様の手前、なにも言えなくて……」


「わかります」


 和気あいあいと話している三人を横目に、フローラは紅茶を飲み切ってしまった。

 とても美味しかったのでもう一杯もらいたいところだが、この雰囲気の中侍女に注いでもらうことはできそうにない。

 いっそ家なら自分で好き勝手できるのに……とティーカップをテーブルに置いたその時、三人の視線が一斉にフローラへと向けられた。


「フローラさん、はどうお思いですか?」


「――なにがです?」


「ですから、セシリー様のことです。どうお思いですか?」


「どうって…………」


 なぜそんなことを聞いてくるのかわからないが、たぶんどう答えても面倒ごとになるのだろう。

 なら素直な気持ちを話すべきだなと、フローラはゆっくりと口を開いた。


「どうとも思いません」


「――、よろしいのですよ? ここには我々しかいないのですから。好きに話すべきでは?」


「いえ、ですから本当に興味がないのです。セシリー様って聖女と呼ばれてた方ですよね? 聖女で王太子妃なんて大変だっただろうな……くらいしか感じません。私なら絶対に嫌です。断固拒否。こんなに美味しい紅茶を毎日飲めますって言われてもお断りします」


 自分ならそんな面倒ごとに巻き込まれたくない。

 親が偉いと大変だなと、ついでに侍女に視線を向け合図を送れば、すぐに紅茶のおかわりをくれた。

 帰る時にこの紅茶の種類を聞いておこうと口に含んだ時、背後からぶはっという笑い声が聞こえる。


「――?」


 何事かと振り返れば、そこには騎士の格好をした一人の男性がいる。

 ぷるぷると体を震わせているその人に、フローラは怪訝そうな顔をした。


「…………あの、大丈夫ですか?」


「――、ああ、大丈夫だ」


 ぱっと上げたその顔に、フローラはぴしりと固まった。

 流石に世間に疎いとはいえ、自国のことはある程度知っている。

 とくに周りがキャーキャー騒いでいたし、なによりも何度か王室主催のパーティーでそのご尊顔というやつを拝見していた。

 だから今目の前の人が誰なのか、すぐにわかる。

 大きく目を見開いて固まるフローラのそばで、先ほどまで楽しそうに笑っていた御令嬢たちが大きくため息をついた。


「――今ので全て台無しです、王太子殿下」


 やっぱりか!

 と鼻の頭に皺を寄せたフローラを、アヴァロンの王太子―ハイネ―は楽しそうに見つめるのだった。

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