飛ぶ鳥は自由

「おかえりなさいませ。お早かったですね」

 

「村自体はかなり小さいからな。見て回るのに半日もかからなかった」

 

 出迎えはシグルドがしてくれた。

 彼はアレックスがきた時もそうだったが、皇宮関係の時はクライヴに敬語を使う。

 学園内では一応身分の差はないとされているが、他所から来た人たちの前では違うらしい。

 そこらへんの分別がきっちりついているのだなと、彼の行動には感心した。

 

「学園長よりお戻りになられた日はお休みになるよう言伝を預かっております」

 

「そうか、ありがたい。さすがに少し疲れただろうから、みんな今日は休もう」

 

「はい」

 

「さすがにね。今もう眠いもの」

 

 ひとまず今日は部屋で休むことになり、騎士たちが下ろしてくれた荷物を受けとる。

 

「……ありがとうございます。セシル卿」

 

「――いえ。またお会いできる日を、心よりお待ちしております」

 

 皇宮の騎士であるセシル卿に出会う機会は少ないだろう。

 けれどいつか、また会えたら嬉しいなと頷いた。

 馬に跨り去っていく彼らを見送って、パトリシアたちは寮へと向かう。

 皆さすがに疲れたのか、明日の朝会おうと声を掛け合い部屋へと戻る。

 かくいうパトリシアも疲れを感じていたので、すぐに部屋へと向かうとベッドへと倒れ込んだ。

 

「…………」

 

 行けてよかったと心から思う。

 自分の進むべき道もできたし、やりがいのあることも見つけられた。

 それになにより、セシル卿とちゃんと話すことができた。

 少しでも彼の心の内を知れてよかったと微笑みつつ、ゆっくりと瞼を閉じる。

 睡魔は一瞬でパトリシアを包み込み、気がついた時には鐘の音が鳴っていた。

 慌てて起き上がれば外は明るく、急いで身支度をすませて外に出る。

 階段を駆け下りれば、一階にはシェリーとクライヴがいた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。体調大丈夫?」

 

「大丈夫です。帰ってきてすぐ寝てしまいました」

 

「私もー。さすがに疲れたよねぇ」

 

 二人とも声に元気がなく、気だるさを感じているのだろう。

 その気持ちはわかると、同じようにダルさを感じる体に鞭を打ち学園へと向かおうとして、ふとあたりを見回した。

 

「そういえばハイネ様は……?」

 

「やっぱり国に帰ったみたい。手紙残してたみたいで、エヴァンスから渡された」

 

「なにがあったとか書いてあるの?」

 

「いや……」

 

 どうやら手紙を残されたクライヴですら原因はわからないらしい。

 手紙というよりは書き置きに近く、国に帰るという情報だけが書かれていたようだ。

 

「じゃあ、どれくらいに帰ってくるとかも……」

 

「わからないな。ま、本人がそんなに長くはないって言ってたし、あんまり気にしなくていいんじゃないか?」

 

「そう。大丈夫ならいいけどね」

 

 とはいえ急に国に帰るなんて。

 心配しつつ晴れ渡る青空を見上げる。

 村から帰ってきたら会えると思っていたから、少しだけ悲しいなとも思ってしまう。

 話したいことがたくさんできたのだ。

 他国のことに深入りはできないと言っていたが、話くらいなら聞いて助言してくれるのではと思っていた。

 ぜひとも彼の柔軟な考え方で、パトリシアたちにはない観点からの提案を受けたかったのだが致し方ない。

 また今度帰ってきた時にでも聞いてもらおうと心に決める。

 

「それより俺はいろいろまとめなきゃいけないことのほうがしんどいぞ」

 

「確かに。でもそっちが進まないと私たちも動けないし」

 

「わかってる。ひとまず諸々まとめて皇宮に送りつけてやる……」

 

 とりあえずどうなるかはまだわからないけれど、パトリシアも寮に戻ったら手紙を書こう。

 まだいつ出せるかもわからないけれど、事前に準備しておけば困らないはずだ。

 

「ならそこがわかるまでは一旦のんびりかぁ。もっと素早く動けたらいいのに」

 

「これでもかなり早い方だと思うぞ」

 

「……ほーんと。国を動かすって大変なんだなぁ」

 

 シェリーの言葉にそうですねと返事をした。

 こうと決めたら即決実行。

 それができたらどれだけ楽か。

 しかし今のパトリシアたちには、そんな力も権限もない。

 大人たちに見定めてもらうより他にないのだ。

 もどかしいけれど、仕方のないことだと諦めるしかない。

 

「……しかたない、ですね」

 

 けれど心のどこかで、本当にそうなのかと疑問も湧いてくる。

 本当に仕方ないのだろうか?

 本当に、諦めるしかないのだろうか?

 ふと、もう一度大空を見上げる。

 先ほどはハイネを思って見上げた空だったけれど、今は違う人のことを思う。

 彼の姉であり、アヴァロンの王女、クロエ。

 彼女のように、もっと己のやりたいことをできたら、未来は少しだけ変わるのではないだろうか?

 

「……」

 

 そんな思いが、ずっと心に燻っていた。

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