お勉強会

「なるほど……。ここからここまでを勉強すればよいのですわね」


「はい。ここと、ここは特に勉強しておいて損はないかと。セシリー様はなにが苦手とかございますか?」


「ローレランの歴史はさっぱりで……今からでも間に合いますか?」


「まだ時間はあるし、他の科目は範囲を軽く見て、歴史を重視すればいけるんじゃない?」


「……他のも、なかなかに苦手でして……。申し訳ございません」


 どうやら勉強は得意ではないらしい。

 まあ普通の淑女ならばそれが普通かと、パトリシアは教科書を見ながら思う。

 ひとまず彼女には各科目の範囲を教えて、読んでもらうことにした。


「わからないことは都度聞いてください」


「本当にありがとうございます。わたくし、勉強が得意ではないのでご迷惑おかけしてしまうかもしれませんわ……」


「お気になさらないでください。私たちも復習になりますので」


 しかし努力家ではあるらしいので、彼女は言われた範囲を一生懸命読んでいる。

 そんな様子を見守りつつ、各々各自の勉強も始めた。


「ここわかんない。なんでこうなるわけ?」


「そもそもここ間違ってる。あんた凡ミス多いんだからおかしいってなったら前後を確認。書き終わった後にも確認しなさい」


「はーい」


 頭を抱えながらも大人しくやり直しているハイネに笑いつつ、パトリシアもまた復習のため勉強をする。

 今回の範囲で苦手なところは特にないので、改めてざっと見直そうと思っていると、隣に座っていたクライヴが少しだけ上半身を寄せてきた。


「パティ、ここ教えて」


「ここは前のページのこれを使って……」


「…………ああ、そういうことか。ありがと」


「いえいえ」


 真剣に考えているクライヴの横顔をチラリと見る。

 彼のことを好きなのだと意識し始めてから、徐々にこの距離感に気恥ずかしさを感じ始めていた。

 今はまだ表情に出すことはないけれど、この気持ちが大きくなった時無事でいられるかはわからない。

 心の中で未来の自分へ頑張れとエールを送っていると、教科書を見ていたはずのクライヴと目が合う。


「ん? どうしたの?」


「――いえ、その……。頑張っていらっしゃるな、と」


 見ていたのがバレてしまった恥ずかしさに、瞬時に視線を逸らしたけれど逃してはくれず。

 クライヴからの疑問にパトリシアは全く別の質問を投げかけることで意識を逸らさせた。

 一瞬だけ探るような視線を向けられたが、すぐに揶揄うような笑顔へと変わる。


「そりゃあ、今度こそパティに勝とうと思ってるからね。ずっと負けっぱなしじゃないよ」


「そうですね。なら今回も全力で頑張ります」


「パティ意外と負けず嫌いだよね?」


「絶対負けません」


 そういうことならしっかりと勉強しようと教科書を読もうとした時、セシリーとばっちり目があった。

 不思議そうにしているのでなにかわからないところがあったかと、彼女の手元の教科書へ視線を落とした。


「セシリー様? わからないところがありましたか?」


「あ、いえ。……わからないところだらけではあるのですが…………」


 なるほどこれは教えるのも骨が折れそうだ。

 ひとまず彼女のほうを優先して教えようとしたその時、いつもより少しだけ低いセシリーの声が聞こえてくる。


「……お二人は仲がよろしいのですね」


「――、えっと」


 まさかそんなことを言われるなんて思ってなくて、反応に困ってしまう。

 言い淀んだパトリシアを見てセシリーは軽く眉間に皺を寄せたが、すぐに思いついたように手を叩いた。


「そうでした! パトリシア様はクライヴ様のお義姉様になる予定だったんですものね? 婚約破棄されたからって、お二人の仲が悪くなるわけではないですし、わたくしったらそこに気づかないなんて。失礼しましたわ」


 一瞬にして場の空気が凍ったのがわかった。

 皆が息を呑み、目を見開いている。

 パトリシアもまた、今度こそ完全に口を閉ざしてしまった。

 別に婚約破棄のことはいい。

 それは皆知っていることだし、今更気まずくなる必要はない。

 ただクライヴとの関係を言われた時、心臓が大きく跳ねたのだ。

 ただの感覚だ。

 パトリシアが感じた感覚なのだが、まるでそうあるべきだと言われた気がしたのだ。

 クライヴとパトリシアは、義理の姉弟なのだろう、と。

 しばしの沈黙。

 そののちにそれを破ったのはクライヴだった。


「まあ、出会いはそこですけど、理由はそれじゃないですよ」


「え?」


「――そろそろ終わらせようか。時間も時間だし、夜ご飯食べないと」


「本当、こんな時間だったのね。ほらほら! あんたら片付けて。カフェテリア行かないと飯抜きよ!」


 シェリーが両手を叩いて皆を急かし、それに倣って教科書などを片付けていく。

 パトリシアも鞄に教科書やペンを入れながらも、背中を伝う嫌な汗に顔を歪めた。

 未だうるさい心臓を抑えつけるように胸に手を置いていると、それを横目で見ていたシェリーが小さく声をかけてくる。


「パティ、平常心よ。気にすることなんてなに一つないんだから」


「……はい」


 なんでこんなに動揺しているのか自分でもわかっていない。

 ただ体はとても素直で、少しでも落ち着きたくて深く息を吐き出した。


「今日のご飯はなにかしらー? 頭使ったし甘いものも欲しいわね」


「俺は肉が食いたい」


「あんたいつも肉肉言うわね」


「クライヴ様はお肉がお好きなんですね? ぜひとも次、アヴァロンにいらっしゃった時には、わたくしのおすすめのお店をご案内いたしますわ」


「……どうも」


 そう。

 いつも通りだ。

 いつも通りにしていればそれでいいのだ。

 パトリシアはみんなの最後尾で、いつも通り微笑んだ。

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