大切の範囲
「なんでパティが好きだって言わないの?」
「……シェリーは言葉を選ぶことをしないのか」
「あんたにする必要ある?」
「…………ない」
別にこの扱いが嫌なわけではないのでそこはいい。
今更気を遣われたって気持ち悪いだけだと、クライヴはちらりと少し離れたところにいるパトリシアを見る。
彼女は今、セシリーとハイネの話し相手をしていた。
二人はなにか言い合いしているようで、それを困り笑顔で止めようとしている。
「……言ったところで彼女が止まるとは思えない」
「セシリーさん?」
「そうだ」
彼女の気持ちを、この中の誰よりもクライヴが一番わかっていると自負している。
それは想いを寄せられているから、ではない。
彼女と立場が似ていたからだ。
兄の婚約者であるパトリシアに、長年想いを寄せていた。
決して報われることのないその想いを、ずっと持ち続けているのは少しだけ辛いものがある。
けれど簡単になくならないのだ。
どれほど胸を焦がしても、どれほど切望しても手に入らないのに、願ってしまう。
いつか、いつか――と。
「俺が好きなのはパティだって、それを彼女に伝えてどうなる? それで諦めるとも思えないのに、パティに矛先が向くのは嫌だ」
「…………なるほどね」
シェリーはそれを聞いて納得するように何度も頷いた。
「つまり彼女の嫉妬の先がパティになるのを防ぐために、あえて好きな人を明言してないと」
「……パティは皇太子の婚約者だった時から、そういう苦労しまくってたから、そういう心労をかけたくないんだけど……現状もうかけてるよね?」
「かけてるわね」
だよなぁ、とクライヴはそっと空を見上げる。
まさかセシリーがそんなふうに自分を想ってるなんて気づいてもいなかった。
確かに過去、アヴァロンでハイネに会う時はちょくちょく一緒だったけれど、それは未来の王太子妃として挨拶に来ているだけだと思っていた。
「自分がこんなにそういった感情を向けられることに疎いとは思ってなかった」
「パティにしか目がいってなかったからじゃない?」
「…………言葉を選べ」
「無理」
まあ実際その通りではあるので否定も肯定もしないと口を閉ざす。
他人になんて興味がなかったから、どんな感情を向けられようと関係ないと思っていた。
自分の世界は大切な人とそれ以外でできていて、大切な人は片手で数えられる程度しかいない。
だからそれ以外の全てがどうでもよくて、気にしたこともなかったのに。
「……どうやったら諦めて帰ってくれると思う?」
「自分だったらどうやって諦めるの?」
「………………諦められなかったからここにいるんだ」
「でしょうね」
諦めきれなかった。
無理だとわかっていても。
無駄だとわかっていても。
この想いは永遠に消えることはなく、生涯この気持ちを抱えて生きていくのだろうと思っていた。
それでいいとすら考えていた。
彼女の幸せな姿を見れるのなら、自分の想いなんて二の次だと。
けれどないと思っていた可能性が舞い込んできたのだ。
今更その好機を逃す気なんてさらさらない。
「……難しい問題だな」
「ま、断固とした態度は必要だと思うけどね。パティにもセシリーさんにも。ウダウダしてたらどっちも傷つけるだけだし」
「……俺はウダウダしてるか?」
「んー……パティが好きだってなんで言わないんだろうって疑問だったけど、そういう意味ならまあ納得はした。その選択が最善かはわからないけどね」
なるほどなと腕を組む。
確かにこの選択で今はパティを守れていたとしても、いつかバレた時が厄介だ。
結局はパティへと嫉妬の矛先が向いてしまう。
「俺の態度じゃいつかバレるだろうな」
「まあ。パティにだけ甘々だからね」
「……いっそパティと離れたほうがいいか?」
「その選択とるなら愚策すぎて笑えないわよ」
「だよな」
そもそも己の中にパトリシアと離れるという選択肢が一切ないのだ。
口にしてはみたが、すぐにないなと頭を振った。
彼女に選ばれたくて一緒にいるのに、離れるなんてことはできない。
どうしたものかと大きくため息をついた。
「ハイネも気にしてる。内心穏やかじゃないだろうな」
「あいつもあんたのこと大好きだからね。迷惑かけてるって思ってるんじゃない?」
「……大好きはやめろ」
「間違ってる?」
その問いには否定も肯定もしない。
ハイネとの関係を疑うつもりもないし、今後も変わることはない。
今の状況も彼のせいなんて思ってないのに、なぜか自責の念を抱いているようだ。
もちろんお前のせいじゃないと伝えてはいるのだが、ハイネは真面目なので引きずり続けている。
「まあこのまま諦めてくれなさそうだったら、改めて彼女にきちんと断りを入れるよ。可能性すらないって。俺が大切にしたいのはパティとハイネだし、彼女はそこには入ってない」
「そうね、まあちゃんと言葉にするのはいいかも。あんたそこらへんはっきりしてるから、大切な人を無碍にしたりしないだろうし安心だわ」
「まあ、大切な人は全力で守るよ」
大切なものを守るための力はつけているつもりだ。
だからそう口にしたら、シェリーはどこか呆れた顔をしながらも笑う。
「はいはい。あんたに大切にされる人は幸せねぇ」
「…………」
話は終わりだとすたすた歩き出したシェリーに、クライヴは首を傾げた。
やけに他人事というか、さっぱりしている。
これはもしや気づいていないなと、クライヴは口を開いた。
「言っておくが、大切な人の中にはシェリーも入ってるぞ?」
「――…………」
振り返ったシェリーが驚愕の顔をしている。
やはり気が付いてなかったのかと、過去の己の態度を思い出す。
かなりわかりやすく対応していたと思うのだが。
確かに最初はパトリシアの友達として相手をしていたが、今はちゃんと自分の友人だと思っている。
だから大切にしているつもりだったのだが、当の本人であるシェリーは苦虫を潰したような顔をして言い放った。
「あんたそういうところじゃない!?」
「なにが!?」
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