じわじわと回る毒のように

「手紙、きたわ」


「私も」


「俺も」


「……えぇー。俺だけなにもない」


 とある日の放課後。

 パトリシアたちは教室に残り話をしていた。

 生徒たちはちらほら残ってはいるが、小声で話す分にはいいだろうと教室の隅っこで固まっている。

 そこで話題に上がったのが各自にやってきた手紙だ。

 内容はもちろん、元奴隷たちの村のことである。


「お手紙ってなんのお話ですか?」


「俺らには関係のない話だから静かにしてたほうがいい」


 セシリーとハイネが話している間に、三人は話を進める。

 まずはシェリーから、手紙の詳細を簡単に教えてくれた。


「喜んで向かうって。手紙には二、三日後にはって書いてあるから、下手したら明日明後日にはついてるかも」


「いいな。かなり早いペースで進められそうだ。こっちももう仮家はできて、工房の仮組みはできてるらしい」


「相変わらず早いわね」


 工房の方まで準備ができているとは。

 これはシェリーの同郷の人が来たら、すぐにでも色々取り組むことができそうだ。


「こっちもワイン関係はあらかた話の方はついてて、この件に関してかかる費用は一旦国の負担ってことになってる。ワインの方で利益が出てから返すって形になりそうだけど……」


「余裕よ! まっかせておきなさい!」


「よし、じゃあそういう方向で話を固めるから」


 ワイン関係は順調らしい。

 これならあの村も栄えるだろう。

 元奴隷たちの生活がなんとか軌道に乗りそうで安心した。

 胸を撫で下ろしていると、そんなパトリシアへクライヴが視線を向ける。


「パティのほうはどうだった?」


「……喜んで、と」


 パティは許可がおりてすぐ、皇太子の婚約者だったころに愛用していたお店であるシャルモンに手紙を出した。

 内容は元奴隷たちの村にある鉱山についてだ。

 そこから採れる宝石をシャルモンの独占とすること、その代わりに人を派遣してもらい採掘から加工の一切を村で行うことを提案したのだ。

 もちろん売り上げの何割かは村へ還元となるが、鉱山の独占権を欲しがっていたシャルモンにとっても悪い話ではなかった。

 ただ。

 今のパトリシアは皇太子と婚約破棄をした令嬢という不名誉なレッテルがある。

 そんな人の言葉を信じてくれるのか、不安ではあったのだが、想像していたよりも早く手紙は返ってきた。

 内容はパトリシアの日々を心配するものから始まり、鉱山の件の快諾。

 一度会って詳しく話をしたいとの旨であった。

 そして最後にまた店に来てほしいと書かれていて、その優しさが嬉しくて手紙を読みながら少しだけ涙を流してしまった。

 その時のことを思い出して嬉しそうにしているパトリシアを見て、クライヴは優しく微笑んだ。


「ほらね、パティの過去がなくなるわけじゃないんだよ。君に救われた人はたくさんいるんだ」


「…………はい」


 やってきたことはなくならない。

 芽生えた絆も、消えたりなんてしない。

 それがわかっただけでもじゅうぶんだと、クライヴの言葉に頷いた。


「クライヴ様のおかげです。勇気を持てましたから」


「俺の? 普通にパティがすごいだけだと思うけど……。まあそう思ってくれるなら、嬉しいけどね」


 どことなく照れ臭そうに笑う彼に微笑みを返せば、二人の間に穏やかな空気が流れる。

 最近はこの時間がとても大切で、ずっと続けばいいのにと思っていると、そんな二人の間にセシリーが入ってきた。


「なんのお話ですか? わたくしもお手伝いできることがあるかもしれませんわ」


「いや……。この話は国に関わることだからあなたには教えられない」


 他国の情勢に関わらないようにと、ハイネですら深くは口を出してはこない。

 ローレランのためというよりは、パトリシアたちのために助言してくれているだけだ。

 関係値がまだ低いセシリーに教えるのは流石に、と断るクライヴに彼女は悲しげな顔をする。


「国に関わることですのに、パトリシア様はよろしいのですか?」


「――、」


 彼女からの疑問に一瞬、肩を震わしてしまう。

 これはどう返したらいいのだろうか。

 返答に困るパトリシアの代わりに、クライヴが答えた。


「パティは当事者だからね」


「当事者……?」


「…………元奴隷たちのことだから」


「奴隷? あぁ。そういえば、ローレランは最近奴隷達を解放したとか……」


 アヴァロンにもその話がいっていたのか、彼女もうっすらとは知っていたようだ。

 考えるように視線を上に向けつつ、小首を傾げたセシリーは心底不思議そうにする。


「アレックス皇太子殿下はなぜそのような無駄なことをなされたのでしょう? 奴隷を解放してもいいことなんて一つもないのに……あ! そういえば皇太子殿下の恋人は元奴隷だとか。その方のためにされたのですね! 彼女のために法律も変えるなんて、素敵な愛ですわ」


 しんっと場の空気が凍る。

 わかっている。

 彼女に悪気がないことは。

 このことにパトリシアが関わっているとは知らないはずだから。

 これはただの感想なのだから、笑ってそうですねと流せばいい。

 そう思うのに、できなかった。

 奴隷解放を無駄だと言われたことも、ミーアのために法案を可決したのだと言われることも、どれもこれもが耐えられなくて。

 この場の空気をなんとかしたいのに、喉が詰まって口を開くことすらできないでいた。

 どうにか、どうにかしなくてはと思っていたその時、シェリーがやけにゆったりとした口調で話しかけた。


「セシリーさんのそれ、わざと?」


「わざと? なんのことです?」


「……うーん。…………なら私から言うことじゃないかもだけど、もう少し周りを見たほうがいいわよ。はい、話は終わり。帰りましょー」


 立ち上がったシェリーに倣い、ほかの人たちも帰る準備を始める。

 パトリシアも慌てて準備をしつつ、またしてもシェリーに助けられてしまったと反省した。

 彼女に嫌な役ばかりさせてはいないかと心配して視線を送れば、目があった時に軽くウインクで合図を送ってくれる。

 多分心配するなと言いたいのだろう。

 あとでお礼を伝えようと立ち上がると、みんなで寮へと戻る。

 先ほどの話を払拭するためか、ハイネが明るく話を振ってくれてなんとか場の空気を変えることができた。

 そのことにほっとしていると、そっと背中を押される。

 驚いて隣を見れば、クライヴが小さな声で囁いた。


「大丈夫。無駄じゃないよ。あの村の人たちの顔を思い出して」


 元奴隷たちの村にいた人たちは、皆生き生きとしていた。

 子供たちが楽しそうに走り回る姿を見て、大人たちが笑っている。

 そんな当たり前の景色を、パトリシアは思い出した。


「…………はい」


 そうだ。

 無駄じゃない。

 あの法案を進めたことは、何一つ無駄ではないのだと心の中で強く思った。

 

 

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