まさかの再会

「パトリシア。これどう思う?」


「これは……後回しでいいかと」


「了解」


 皇宮へとやってきて一週間が経とうとしていた。

 書類整理の仕事にもなれてきて、ノアとも仲良くなったと思う。

 手渡された書類を確認し返事をすれば、彼の意見と同じだったのか後回しの山へと置かれた。

 二人ともいつも通りだと気にしていなかったが、そんな様子を見ていたカーティスがそっと頭を押さえる。


「ノア、お前それ外でやるなよ。失礼だと叱責を受けるぞ」


「……? …………ああ! 大丈夫です。そこらへんは弁えてますから!」


 ぐっと胸を張ったノアを見て、カーティスは今度こそ大きくため息をつく。

 絶対嘘だろというような顔をしているのを見て、パトリシアもまた苦笑いを浮かべた。

 本来ならカーティスの前でも止めなくてはいけないのだができておらず、本当に大丈夫なのかと若干の不安はある。


「……まあ、気をつけろ」


「はい!」


 ここ数週間で聞いたことの一つ、それはノアがカーティスの養子であると言うことだった。

 元は平民であり、子供のいないカーティスの後継としてその才能を買われたらしい。

 猪突猛進であり、こうと決めたら突き進む力を持つ彼は、これから先の時代に必要な存在だと思ったようだ。

 実際仕事自体は見落とし等はあれど、人の意見をちゃんと聞いてくれる人であり、なんだかんだと周りからも慕われている。

 凡ミス等はあれどそれをカバーできるだけの能力があるため、カーティスの選択は間違いでなかったと思えた。

 パトリシアも彼が指導係としていてくれて、とてもありがたい。

 最初こそ鋭い瞳を向けられていたが、今では対等に仕事の意見を言い合える存在となっている。

 ここでもまた素敵な縁ができてありがたいなと、ちょうど読んでいた書類を後回しの方へと置けば、それをカーティスがひょいと拾い上げた。

 じっ……とその書類を読み、元の場所へと戻す。


「フレンティア嬢はもう書類整理は大丈夫そうだな。今から私について仕事を学んでもらおう」


「よろしいのですか?」


「ただそばにいるだけじゃない。アシスタントとなるからには、今より忙しくなるし責任も出てくる。それでもやるか?」


「もちろんです」


 彼のそばで仕事風景を見れるなんて、こんなに嬉しいことはない。

 着実に実力をつけられるチャンスだと意気込んでいると、不意に執務室の扉が叩かれた。


「失礼致します。フレンティア公爵令嬢様はいらっしゃいますか?」


「はい、おります」


「アレックス皇太子殿下がお呼びです」


「――」


 その呼び出しに驚いたのはパトリシアだけではなかった。

 カーティスも似たような顔をしたあと、訝しむような表情へと変わる。


「失礼ですが、どういった内容でしょうか? 彼女は私の部下として指導しておりますので」


「要件までは……ただ、部屋でお話をと準備を進めていらっしゃいます」


 まあ以前ほど警戒はしなくていいかと立ち上がった。

 あの事件から話してはいないし、一応気にしてはいるようなので多分だがその後の報告とかだろう。

 むしろそうでなくては困る。

 また手を出すのは、流石に不敬罪で罰せられてもおかしくはないからだ。


「お仕事中申し訳ございません。行って参ります」


「……一応言っておくが行かないという選択もできるぞ? 私から殿下にお伝えすればいいだけだ」


 どうやら気にしてくれているらしい。

 本当に見掛けによらず優しい人だなと微笑みを返しつつ、首を横に振った。


「ありがとうございます。ですが大丈夫です」


「…………そうか」


 頭を下げて挨拶をして、パトリシアは執務室を後にする。

 ノアまでも不安そうな顔をしていたので、彼とは目を合わせて大丈夫だと伝えた。

 皇宮の中を案内人の騎士に連れられて歩く。

 この一週間は毎日来ているけれど、極力余計なところには行かないようしていたため、久しぶりに見る景色に知らず知らずのうちに辺りを見回してしまう。

 この方向なら案内されるのは皇族の人たちがよく使う客間だろうな、なんて考えながら今その部屋で待っているであろうアレックスのことを思い浮かべる。

 彼がミーアと会ったのかまではわからないが、彼女は下女から客人という扱いにまでは戻ったらしい。

 皇宮の端でなに不自由ない暮らしを送っているようなので、一応彼なりに動きはしたのだろう。

 一体なんの話だろうかとふとため息をついた時、前を歩く騎士が足を止めた。


「……どうなさいました?」


 なにかあったのだろうか?

 貴族や皇族がいたのならそれ相応の行動をとるはずだ。

 だが今目の前にいる騎士は微動だにしていない。

 いったいどうしたのかと彼の背中しか見えない位置から少しだけ横にずれて、パトリシアは大きく目を見開いた。


「……どう、して」


「お久しぶりです。パトリシア様」


 そこにはミーアがいた。

 愛らしい薄黄色のドレスを着た彼女は、美しい宝石を身につけ背筋を伸ばして立っている。

 一見すれば令嬢のようにも見える姿で目の前に現れたミーアだったが、パトリシアが驚いたのはそこではなかった。


「……どうして、ここにいるのですか? セシリー様」


 そう。

 ミーアの隣。

 彼女に寄り添って笑うのは、本来学園にいるはずのセシリーだった。


「こんばんは、パトリシア様」

 

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