第三章完 勝利のための一歩を
「学園にいるはずでは?」
「ミーアさんにご招待を受けたんです。たった一人の友人として」
ああ、とパトリシアはゆっくりと瞼が落ち、目が据わっていくのがわかった。
あの日、皇后の生誕祭で彼女に言ったことは、どうやら無駄だったようだ。
様子の変わったパトリシアに気づくことはなく、セシリーは声高々に言った。
「わたくしはずっと、ミーアさんとお会いしてみたいと思っておりました。お話をお聞きした時からずっと……お一人で頑張られていて、きっと同志が必要だと」
「セシリーさん……ありがとうございます。私本当に寂しくて……そんな時にセシリーさんからお手紙が届いて。一人じゃないんだって、勇気を持てたんです」
二人で涙を浮かべながら熱弁しているところ申し訳ないが、それをパトリシアに言ってくる意味はあるのだろうかと呆れてしまう。
案内役の騎士もどうしたらいいのかわからないといった顔をしている。
ミーアもセシリーも立場的には客人扱いらしく、無下にはできないのだろう。
しかし当たり前だが優先すべきはアレックスの命であり、本来ならばすぐにでもここから立ち去りたいはずだ。
しかし二人が道を塞ぐように立っているため、無視するわけにもいかない。
呆れたようにため息をついたパトリシアは、二人の世界に入っている彼女たちに声をかけた。
「お話は以上でしょうか? 呼ばれておりますのでそろそろ失礼させていただきます」
「――お待ちくださいませ」
騎士に目配せをしてその場を去ろうとしたが、それをセシリーに止められる。
何事かと彼女の方を見れば、なぜか勝ち誇ったような顔をされた。
「パトリシア様は過去、ミーアさんに仰ったそうですね? 立場をわきまえなさい、と」
「…………それがなにか?」
「ならば今、あなた様こそ弁えるべきではないでしょうか?」
すっと瞳が細まる。
彼女がなにをしたいのか、なにが言いたいのか今のでおおかた理解できた。
どうやら彼女はパトリシアと徹底的に敵対することを望んだらしい。
さてどう出てくるつもりかと、真正面から向き合った。
「なにがおっしゃいたいのでしょうか?」
「ミーアさんは皇太子妃になられる方ですわ。きちんとしたご挨拶をすべきではないでしょうか?」
毅然とした態度をとるセシリーの後ろで、ミーアが目に見えてあたふたし始めた。
どうやら二人揃ってパトリシアを辱めようとしているわけではなく、セシリーだけが表立ってやろうとしているようだ。
ミーアはただいいようにされているだけか、とそっとため息をついた。
「なにをおっしゃるのかと思えば……。今のミーアさんはお客さまという立場であり、皇太子妃ではありません」
「ですが未来ではそうなりますわ。パトリシア様も将来皇太子妃になるからと、ミーアさんにおっしゃったのでしょう? 立場をわきまえろ、と」
違う。
過去のパトリシアと今のミーアでは決定的に立場が違うのだが、どうやら彼女はそこを理解していない。
パトリシアは皇帝や公爵の許可のもと、皇太子の婚約者を名乗っていた。
それはある意味国が決めたことであり、周りにも周知の事実であった。
しかしミーアは違う。
彼女の今の立場は皇太子の恋人であり、皇太子妃になるという確固たる事実は存在していない。
それに彼女が皇太子妃になることはないのだ。
なぜならアレックスは皇太子の座を降りるのだから。
しかしミーアもセシリーもその事実は知らないらしい。
このことからもまだアレックスはミーアに会っていない、もしくは会えていても深く話すだけの時間を使っていないことがわかる。
なるほどならば彼女たちが強気に出てくるのも理解できるなと、パトリシアの口元は知らず知らずのうちに微笑みの形を作り上げた。
「……そうですね。大変失礼を致しました」
「わかってくださればいいですわ。これからはミーアさんのことをきちんと敬ってくださいませ。未来の皇太子妃、と」
「ええ、かしこまりました」
喧嘩を売られたことはさすがにわかっている。
ならばその喧嘩をどうするか。
決まっている。
売られた喧嘩は買わなくてはならない。
彼女たちに圧倒的に勝つためにはどうするべきか、もう頭の中にシナリオは出来上がっていた。
満足そうに笑うセシリーと、不安そうながらどことなく嬉しそうなミーアに、パトリシアはすっと背筋を伸ばして告げる。
「それでは未来の皇太子妃様。私、アレックス皇太子殿下に呼ばれておりますので、これにて失礼致します」
「――え、」
はたと動きを止めた二人に、パトリシアは笑顔のまま動くことはしない。
やはり予想していた通りに、ミーアが目に見えて焦ったような顔をした。
「アレックス様にお会いになるんですか!?」
「ええ。今呼ばれておりますので」
「――そんな……っ。私には会ってくれないのに……」
「皇太子殿下にお会いするのなら、ミーアさんも連れて行ってあげてくださいませ。ずっとお会いしたいと泣いていらっしゃったのです」
自分には会ってくれないのにと泣き出したミーアの肩を、セシリーが支えつつそんなことを言ってきた。
だがしかし、今のこの状態でパトリシアがそんな希望を叶えるはずがないだろうと、断りの言葉を口にする。
「お断りいたします。皇太子妃ならば、皇太子殿下にお会いするのは簡単なのでは?」
実際皇太子に会うのは簡単ではないが、不可能ではない。
きちんとした手続きの元ならば、あちらとて無碍にできないはずだ。
けれどミーアはそれができない。
アレックスから来るまで、待ち続けなくてはならない立場なのだ。
それは決して皇太子妃ではない。
パトリシアの言葉にさっと顔を赤らめたミーアに、もう一度だけ苦言を呈した。
「ミーアさん。あなたが皇太子妃になるならないはさておき、己の地位を他人に使われるようなことは避けた方がよろしいかと」
「――なんのお話ですか?」
「いいえ、別に」
セシリーの顔色がさっと変わったけれど、軽く首を振って話を終えた。
気づく気づかないはミーア次第だけれど、これ以上彼女の後ろで甘い蜜を吸おうというのなら二人とも敵とみなす。
そんな思いで視線を送れば、すぐにセシリーの背後へと隠れた。
そんなミーアを隠すように一歩前へと出たセシリーと、真正面から向き合う。
「…………」
「…………」
見つめ合う二人。
お互いが向ける視線には好意など一つもない。
ここではっきりと双方思ったはずだ。
目の前にいる人は『敵』なのだと。
「それでは、お二人とも失礼致します」
「――負けませんわっ!」
「お好きにどうぞ」
彼女とすれ違うその時、はっきりと言われた。
それに笑顔で返せば、キッと睨みつけられた。
どうやら彼女は決別する選択をとったらしい。
友人になれるかもと思った時もあったけれど、どうやら無理なようだ。
それならそれでいいと、パトリシアは顔を上げて歩く。
背中に痛いほどの視線を受けようとも知ったことかと、むしろ来るならこいと強く拳を握り締める。
どんなことをされようとも負けるつもりなど一つもない。
パトリシアには信じてくれる人たちがたくさんいるのだから。
「――大丈夫」
力強く踏み出した一歩は、勝利のための一歩だ。
第三章 完。
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