第四章

第四章 太陽みたいな君に恋をしていた

「…………どうした?」


「ある意味アレックス様のせいです」


「……どういう意味だ?」


 ぶすっとした顔のまま案内された部屋へと入れば、そこには驚いた顔をしたアレックスがいた。

 ひとまず座るよう言われたので挨拶をし、向かい合う形でソファーへと腰を下ろす。

 ムカムカとした気持ちを落ち着かせるため、ゆっくりと紅茶を飲めばとりあえず一息つくとができた。


「ミーアさんに会いました」


「――なぜミーアが?」


「知りません。セシリー様と共にやってきて、ミーアさんは次期皇太子妃なのだから敬うようにと言われました」


「………………なんだそれは」


 理解できないと額を抑えるアレックスを見て、パトリシアは片眉を上げる。

 そもそも元はといえば彼がミーアに会っていないのが問題なのだ。

 彼がきちんと説明をしていれば、彼女がこんなふうに暴走することを止められたかもしれないのに。

 じとっとした視線を向ければ、その視線に気付いたのか勢いよく背筋を伸ばした。


「お言葉ですが、今回の件はアレックス様にも問題があります。まずミーアさんにはお会いしたんですか?」


「…………まだだ」


 パトリシアが大きくため息をつけば、アレックスの肩が強く跳ねた。

 さすがに彼自身も思うところがあるのか、気まずげに視線を彷徨わせる。


「ミーアさんと今後どうするおつもりなのですか? 彼女は皇太子妃になるつもりですよ。だからこそ、セシリー様も近づいたのでしょうから」


「そのセシリーというのは、確かアヴァロンの聖女だろう? パーティーにクライヴと来ていた……」


「ええ。アヴァロンの聖女であり、元王太子の婚約者で、今クライヴ様と結婚するためにアカデミーに通っています」


「…………なんだかすごいことになっているな」


 言葉にすると確かにすごいなと、パトリシアまで頭を抱えそうになる。

 それをなんとか耐えつつクッキーをひとつ貰えば、甘さにほっとした。

 薔薇のジャムがついたクッキーの香りが心地よくて、にこにこしながらもう一枚に手を伸ばせば、それを見ていたアレックスが小さく笑う。


「好きだな、薔薇のクッキー」


「…………紅茶も好きです」


「知っている」


 なんだこの空気は。

 もぐもぐとクッキーを咀嚼しつつ、パトリシアは勢いよく紅茶を飲み干した。

 こんな変な空気にしたくてわざわざ呼ばれたのではないと、腕を組んで前を見据える。


「それで、どうして私を呼んだんですか?」


「あぁ……。その後の話を少ししたいと思ってな。正直ミーアとのことは全て終わってからにしようと思っていたんだが……」


「そうもいかないかと」


 ミーアだけだったらそれでもよかったかもしれない。

 今の彼女は皇宮の客人として、なに不自由ない生活を送れているはずだから、今すぐにあれこれ騒ぐことはないだろう。

 しかし彼女の隣にはセシリーがいる。

 彼女はきっとミーアにあれこれ助言という名の洗脳をして、面倒ごとを起こすだろう。

 先ほどの会話や彼女の今までとは違う目から、容易に想像できた。


「ミーアさんとお話しする気はないのですか?」


「今の彼女に私は皇太子ではなくなると話して、冷静に聞いてくれると思うか?」


「それは……」


 無理だろうなと、視線を横へとずらした。

 なんというか、今の彼女は皇太子妃という立場に固執している気がする。

 それをなくなりました。

 そうですか、わかりました。

 で済むとはとても思えない。

 難しい顔をするパトリシアを横目で見つつ、彼は窓の外へと視線を移した。


「……実は母上に会ったんだ」


「――え、」


「数年ぶりに会ったが……私のこともわからないようで、なにを言っても理解していないようだった」


「…………」


 長いこと幽閉されていたからか、はたまた元々の心が限界だったのか。

 まさかあそこまで執着していた己の子供のことすらわからなくなっていたなんて。

 ……彼女はもう普通には戻れないのかもしれない。


「そんな母上に会って確信が持てた。あの人にとっても私にとっても、ここにいるべきではないと」


「……つまり」


「父上には話をつけた。クライヴが皇太子になったのちに、母上と共にここを出ていく。母上の家が持つ田舎に移り住もうと思う。皇帝の座とか、皇位争いとか関係ない、静かで穏やかなところに行く。……その方が、クライヴも皇后も安心だろう」


 たとえクライヴが皇太子になろうとも、皇帝になろうとも、アレックスがいる限り安心できるものではない。

 いつ何時、よからぬことを考えた者たちが彼を担ぎあげるとも限らない。

 だからこそ、彼は母親を連れてこの地を離れるつもりなのだ。

 自分がこれ以上、都合よく使われないために。


「……皇位を望まないのですか?」


「君にしてはなかなかにひどい質問だな。こうなって初めて、君と対等に話ができている気がするよ」


「そうですね」


 皮肉なものだが、確かにお互いの関係が無になって初めて言いたいことを言い合えていると思う。

 パトリシアからの遠慮がなくなったからか、彼からの負の感情がなくなったからか、昔から共にいる幼馴染としては、いい空気感になったのかもしれない。

 やっと肩の力が抜けたと言わんばかりに、彼はソファーの背もたれへともたれかかった。


「……私にとって君は太陽だった」


「…………なんです、突然?」


「眩しすぎて目を逸らしたんだ。大切な、なくてはならない存在なのに見ていられなかったんだ」


 そして目を逸らしているうちに、一人の少女に出会った。

 淡い光の心地よさに微睡み、そちらにばかり意識を向けてしまう。

 本当に大切なのがどちらなのか、わかっていたはずなのに。


「――愚かだな、私は」


 皮肉そうに笑った彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 どうやら話とは母親に会ったということ、そしてここを去るということだったらしい。

 彼にとっては、とても大切で重大な出来事だったのだろう。

 あれほどまでに会うのを避けていた母に会い、固執していたこの場を去るのだから。

 しかしその顔はどこか晴れやかで、ここ数年で一番生き生きとしていた。


「愚かな私が皇帝になるべきではない。それがわかったから、今はもう悔いはない」


 パトリシアも立ち上がると、彼と視線を合わせる。

 確かに彼のいう通り、その瞳に執着は見えなかった。

 本当にもう彼は大丈夫なのだなと、一度だけ頷いた。


「ではあとはミーアさんの件ですね。絶対に、ちゃんと、対応してくださいね」


「…………わかっている」


 絶対に逃さないと、パトリシアはにっこり微笑んだ。

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