その背中は偉大であり目標

「フレンティア嬢。この後の会議に一緒に来るといい。後ろで控えているだけになるが」


「――ありがとうございます!」


 会議に出れるのは本当にありがたい。

 いくら後ろで控えているだけとは言え、学べることはたくさんあるだろう。

 わくわくしながら準備をしていると、それを見ていたノアがしょぼんと項垂れた。


「いいなぁ。……カーティス様、俺も一緒に行ってはダメですか?」


「お前にはお前の仕事がある。それに、会議なら何度も出ているだろう」


「そうですけど……俺だけ仲間外れ」


「ノアさん。帰ってきたらお茶にしましょう? 今日はクッキーを持参いたしましたので」


「――! 薔薇のクッキーか? パトリシアの家のクッキー美味いんだ!」


 ばあっと顔が華やいだのを見て、パトリシアは笑いカーティスは呆れたようにため息をついた。

 彼のこのまっすぐなところは長所だと思う。

 しかしカーティスはそうは思っていないのか、未来に食べられるはずのクッキーに想いを馳せるノアに苦言を呈する。


「ノア、欲望のままに動こうとするな。己の行動に責任を持て」


「……はい!」


 綺麗に敬礼をしたノアを見て、パトリシアはくすくすと笑う。

 本当に面白い人たちだ。

 ノアとカーティス、真逆のような人たちに思えるが、ふとした時には似ているなと思うところも出てくる。

 それは仕事に対する姿勢だ。

 どれほど小さく意味のないことに思えたとしても、ちゃんと己の中で納得できるようになるまで熟考するのだ。

 ノアもまだまだ経験が浅いからか、見逃し等はあれどその姿勢は本当にためになった。

 心の中で彼の存在に感謝していると、カーティスが椅子から立ち上がった。


「そろそろ向かおう」


「かしこまりました」


「お気をつけて」


 ノアに手を振って部屋から出た二人は、そのまま会議室へと向かう。

 その間特に会話という会話がなかったため、やはりノアはありがたい存在だなとしみじみ感じた。

 そんなこんなで会議室へと入ったパトリシアは、視線によって一瞬で蜂の巣となる。


「――」


 皇宮に通ってカーティスの元で働いていることは皆知っていたのだろうが、実際に姿を見せるのは初めてだ。

 かつて未来の皇太子妃としてこの場にいた身だが、今は話が違う。

 元々好意的でなかった者たちからの、鋭すぎる視線に肌がピリついた。

 だがもちろん負けるつもりはない。

 この程度で顔を伏せていては、今後の計画はうまくいかないだろう。

 毅然とした態度でカーティスの後ろを歩けば、彼は椅子に座った際に少しだけ笑った。


「それでいい。君は背筋を伸ばして立っていなさい。大丈夫、君の前にいるのはこの私なのだから」


「……はい」


 彼の言葉に少しだけ肩の力が抜ける。

 味方がいるというのはなんと心強いのだろうか。

 それもある意味最強の人だ。

 実際彼のすることに文句を言う人はこの場にはいないだろう。

 それほどにカーティス宰相という存在は、この国になくてはならないのだ。

 もちろん反対勢力はいる。

 けれどその人たちが口出しできないほど完璧に仕事をこなす彼を、尊敬しない人はいるのだろうか?


 ――この人のようにならなくては。


 誰にも文句を言われることなく、なすべきことをなす。

 今はそのための布石だ。

 堂々としていればいい。

 そう、彼のように。


「皇帝陛下、クライヴ殿下ご到着です」


 皆が立ち上がり彼らを出迎える。

 扉が開き二人が中へと入ってきた時、あ、と一瞬だけ瞳が揺れる。

 毅然と振る舞う皇帝のその後ろ、そこに皇帝を気遣うようにしつつも、それをうまく隠しているクライヴがいた。

 彼と一瞬、目が合う。


「――」


 少しだけ細められた目元。

 ゆるく上がった口端。

 本当に束の間で、きっと目があっていたパトリシアにしかわからないものだったけれど、確かに彼は笑ってくれたのだ。

 その表情が頑張れ、と言ってくれているようで、パトリシアの心に温かな光が差し込んだ気がした。


「皇帝陛下、クライヴ殿下にご挨拶申し上げます」


「ありがとう。さあ始めよう」

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