悪意には悪意を返す
会議は無事に終わった。
やはりほぼ全ての決定権はカーティスにあり、彼の合否によって決まっている。
そのうちの一、二件はクライヴや陛下の意見を聞いて出していたところもあり、独断というわけではないことはきちんと理解できた。
部屋から次々と人が去っていき、最後にカーティスと共に出れば廊下にてセシル卿が待っていた。
「セシル卿?」
「お久しぶりです」
「どうなさったんですか?」
「パトリシア様を皇帝陛下がお呼びです」
ちらりと横を見れば、話を聞いていたであろうカーティスがこくりと頷いた。
それに軽く頭を下げつつ、案内役のセシル卿と共に皇宮を進む。
「陛下と共にクライヴ殿下もお待ちです」
「わかりました」
クライヴも共にいるのか。
なんだかんだ話をするのは数週間ぶりなので、ちょっとだけ嬉しいなと心が浮かれた。
ニコニコしながら歩いていると、そんなパトリシアを見てセシル卿がくすりと笑う。
「最初はパトリシア様が皇宮に来られると聞いてとても驚いたのですが、お元気そうでよかったです」
「……ご心配おかけしてしまいましたよね? 申し訳ございません。ですが大丈夫です」
「…………ええ。安心いたしました」
セシル卿とはそのくらいしか言葉を交わさなかった。
すぐに部屋についたというのも理由の一つだが、それだけでじゅうぶんだったのだ。
部屋の前で立ち止まると、セシル卿がドアをノックした。
「失礼致します。フレンティア公爵家御令嬢をお連れいたしました」
「入りなさい」
部屋へと入れば、そこにはソファーに腰掛ける皇帝とクライヴがいた。
パトリシアは素早く頭を下げると、挨拶を述べる。
「帝国の太陽、皇帝陛下。クライヴ殿下にご挨拶申し上げます」
「ここには我々しかいない。気楽にしなさい」
「ありがとうございます、陛下」
クライヴに手招きされ、彼の隣へと腰を下ろした。
すぐに薔薇の紅茶が出されて、茶菓子にはパトリシアの好きなものばかりが置かれる。
「皇宮にきているのに、なかなか会うことができなかったな。いろいろ急だったから心配していないかと呼び出したんだ」
「お気に留めてくださりありがとうございます。……ご体調は、いかがでしょうか?」
聞いていて泣きそうになってしまう。
少しだけ痩せた気もする皇帝は、しかし力強く笑った。
「大丈夫。少なくともクライヴがこの座を継ぐまでは意地でも生きるつもりだ」
「……はい」
少しでも長く、生きていてほしい。
そう思いはするけれど、決して口には出すことはしない。
きっとそれを思うのは自分だけではないはずだし、当人が一番願っていることだろうから。
未来のこの国を、少しでも長く見たいと。
パトリシアの思いが重荷になることだけはあってはならない。
だから口にしないようにしたのだが、表情などから伝わったのか皇帝はパトリシアに向かって頷いた。
「さて、パトリシアにも心配をかけてしまっているし、そろそろ少し休憩をとろうか」
「お部屋までお送りいたします」
「いや、大丈夫だ。クライヴから話があるようだから、二人で話すといい」
部屋の中で待機していたセシル卿が近づき、立ち上がる皇帝の側による。
彼が付き添いをしてくれるのならば安心かと、任せることにした。
皇帝が部屋を出るまで頭を下げ、室内にはクライヴとパトリシアの二人になる。
「急にごめんね。父上がパティのこと気にしてたから、少しでも顔を見せられたらなって」
「いえ。私もお会いしたいと思っておりましたので」
「そっか」
とりあえず座ろうと言われて、パトリシアはソファーへと腰を下ろした。
同じように隣へと座ったクライヴは、紅茶へと手を伸ばす。
「セシリー嬢のこと、知ってる?」
「……ええ。ミーアさんと一緒に会いました」
「大丈夫だった?」
「宣戦布告を受けただけです」
「……遅かったかぁ」
大きくため息をつきながら額を抑えたクライヴは、どうやらパトリシアと彼女たちが会わないように気を利かせてくれたらしい。
しかし彼女たちは活発なようで、もう出会ってしまっていた。
最悪な形で。
「あの女は一応客人として皇宮にいるけど、権限とかは一切ないよ。ただ周りはまだ兄上が皇太子だと思ってるから、あの女が皇太子妃になるんだって勘違いして持ち上げてるんだ。筆頭がセシリー嬢」
「わかります」
よくわかる縮図だなと、パトリシアまで頭を抱えそうになる。
ミーアは今有頂天になっているのだ。
周りから褒められ大切にされて。
皇宮ではよくあることだが、慣れていない身からすればまるで夢のような日々だろう。
そこをセシリーにいいように使われているのだ。
「……セシリー様からクライヴ様へなにかアクションはありましたか?」
「あの女からって話では何度か会いたいって言われたけど全部無視してるよ。セシリー嬢が皇宮に留まってるって聞いて、真っ先に動向を探らせたからね」
「やはりそうですか」
セシリーの目的の最終地点はクライヴだろう。
だからこそ、必ず彼に接触を図ると思っていた。
つまりまだクライヴのことを諦めたわけではない。
ということは……とパトリシアは顎に手を当てた。
「セシリー様はミーアさんに将来姉妹になるのだから、と近づいてそうですね」
「やめて本当に。頭痛いから……」
本気で嫌そうなクライヴに、パトリシアは苦笑いを返した。
しかしあながち間違いでもないだろう。
彼女の目的はクライヴとの結婚であり、ミーアがアレックスと結婚したら彼女たちは家族になるのだから。
「兄上はなにをしてるんだか……」
「一応前に進んではいるようですが……」
「パティに迷惑かけてる時点でマイナスだよ」
手厳しいなと思いながらも、まあこうしてクライヴにも心労を与えているので確かにマイナスだなと頷く。
これに関してはアレックスとミーアの話し合いが進むことを願うしかない。
「……まあ、でもいいんじゃない? 散々偉そうに皇宮内で暴れ回っても、結局あの女は出ていくしかないんだから」
にやりと悪い顔をするクライヴに、パトリシアもまた似たような顔を返す。
どうやら彼と考えることは同じらしい。
敵対すると決めたのは向こうで、パトリシアはそれを受けただけだ。
「勝手に転がり落ちていけばいいよ。俺はあいつらがパティに失礼なことを言ったの、忘れてないからね」
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