お仕事開始

「ひとまずの君の仕事は書類の整理だ。ノア! フレンティア嬢をお連れしろ」


「はい!」


 ドアを開けて大きな声を出したカーティスよりも、さらに大きな声で返事をしつつやってきたのは、紅茶を出してくれた青年だった。

 きびきびと動く彼は側から見たら騎士のようだが、どうやら違うらしい。

 カーティスの側近だろうかと小首を傾げていると、命を受けてキラキラしていた瞳を一転、冷めきった視線をこちらへと向けてきた。


「……案内する。ついてこい」


「敬語! フレンティア令嬢は私の部下でありお前の部下ではないっ! 公爵家の御令嬢に失礼な態度をとるな!」


「はっ! 失礼いたしました!」


「……」


 ここは騎士の集まりだっただろうかと、二人のやりとりを目を白黒させながら見守る。

 カーティスに怒られたノアはしょんぼり肩を落としつつ、パトリシアへ視線を向けて部屋を出て行く。

 その後ろをついていこうと歩き出そうとした時、カーティスが声をかけてくる。


「あれは真っ直ぐだが馬鹿ではない……と、思いたい。よくしてやってくれ」


「……はい」


 思わず笑ってしまった。

 なんだかんだいい関係の二人なのだな、と微笑みながら部屋を出れば、そこには不機嫌そうな顔をしたノアが待っていた。

 普段ならそのような顔をされたら少し気圧されてしまうのだが、先ほどまでのやりとりで恐怖心は綺麗さっぱりなくなっていた。


「……行きましょう」


 ものすごく渋々敬語を使っているのがわかる。

 無理に使わなくてもいいのにと思いつつ、律儀に命令を守ろうとしている姿に余計なことは言わないようにした。

 そんなこんなで案内された場所は皇宮内にある執務室の一つのようで、中は大量の書類で埋め尽くされている。

 執務用のテーブルだけでは飽き足らず、床にまで散らばっているのを見て、パトリシアはノアのほうをそっと振り返った。


「あの、これは?」


「俺たちの仕事はこれを仕分けすることだ……です」


「仕分け?」


「全てを読んで日時、内容を理解し、カーティス様にお届けする優先順位をつける。カーティス様のお手を少しでも煩わせないために、俺たちができることだ……です」


 一見すればただの雑用だが、理にかなっているなと頷いた。

 特に内容を理解して優先順位をつけるということは、彼の仕事を全て理解しなくてはならない。

 さらには今の貴族間の情勢などもわかっていないとできないことだ。

 日時があったとしても、内容によっては前後させなくてはならないことも出てくるはずで、一朝一夕で理解できることではないだろう。

 かなり重要なことを任されているのだと、パトリシアは力強く拳を握った。


「しばらくはおま……あなたの仕事を監視します。すぐに渡すべきもの、急ぎじゃないものをわけてください。その後にこちらから指導します」


「わかりました」


「こっちの机を使っ……てください」


 指さされた方の机に座れば、あっという間に目の前に書類の山が置かれる。

 それを一枚一枚確認していると、ノアも自身の席に着き同じように確認し始めた。

 部屋の中は書類をめくる音だけが響く。

 そんな中で、パトリシアは手にした書類を見つめる。

 内容は皇都から近隣の村へと続く橋の補修についてだ。

 確かに建てられてからもう数十年は経っており、欠けやひびなども目立っていた。

 それを直すための資金や業者、時期などが書かれている。

 時期は先だし、まだ後でもいいなと書類を置こうとしてはたと動きを止めた。


「…………」


 もう一度書類を確認し、あっと顔を上げる。

 目の前には真剣に精査しているノアがいて、少しだけ声をかけにくかったが致し方ないと立ち上がり、彼の元へと向かう。


「――あの、少しだけよろしいですか?」


「…………少しだけなら」


 渋々といった表情の彼に小さく頭を下げつつ、手元にある書類をノアに渡す。

 渡された書類を吟味し、彼は眉を顰めた。


「なんだ、これか。これはまだ時間がある。皇都に関わることとはいえ、一旦は先回しでいい……です」


 話は終わりだと戻された書類を、もう一度彼の前へと戻しとある部分を指差した。


「よくご覧になってください。工事の時期です。この時期は皇帝陛下の生誕祭が行われる日に近いです」


「……まあ、そうだな。しかし近いだけで」


「陛下の生誕祭の折には、業者や物見、さらには近隣国の方々もお呼びすることになり、皇都へ入るだけで数日かかります。工事が長引いた場合、一つないし二つの橋が潰れた状態では、皇都に入るだけで数週間かかることになる可能性が高いです」


 そうなった場合、貴賓たちが宿泊する場所を用意しなくてはならなくなる。

 もちろん彼らを最優先で皇都へと入れるが、それでも限度がある。

 物見の観光客たちであふれかえったら、皇都へと続く橋の周りはパニックになるだろう。

 それを防ぐためにも、この書類は一度カーティスに見せるべきだ。

 ノアもそのことが理解できたのか、すぐに真剣な顔で書類と睨めっこする。


「……橋が造られたのはかなり昔だよな?」


「ええ。数十年は経っていますし、今この話が出たということは先延ばしにできないかと」


「貴賓たちが通ることを考えても、早めに決断した方がいいな」


 ガタリと音を立てて椅子から立ち上がったノアは、書類を手にドアへと向かう。

 廊下へと出たところで振り返り、パトリシアへと声をかけた。


「俺は一旦カーティス様に話してくる。おま……あなたはこのまま仕事をしていてください。昼食等の休憩は各自とるようお願いします」


「かしこまりました」


 さくっと動いてくれたのはありがたい。

 この件はあとはお任せして、パトリシアも仕事をしようと椅子に腰を下ろした。

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