覚悟を見せる
「陛下の夢?」
「そうだ。……陛下の夢は、この国を自由にすることだった」
皇帝の夢なんて話、初めて聞いたなと目を瞬かせた。
共にいる時間は少なくとも、会話をする機会は多かったと思う。
そんな中でも皇帝の夢なんて聞いたことがなかった。
どういう内容だろうかとカーティスを見ていると、彼はゆっくりと腕を組んだ。
「どうして君があの場にいたと思う?」
「あの場……とは会議の場、ということですか?」
「そうだ。君が優秀なのは知っている。皇帝陛下かその能力を買っていることも。しかしそれだけであの場にいられると思うか?」
それは確かにそうだ。
実際カーティスもパトリシアがあの場にいることには不満をあらわにしていた。
他の重鎮たちも皇帝がよしとしていたため表立って文句は言ってこなかったが、陰でいろいろ言っていたのは知っている。
それでも皇帝という後ろ盾があったから、あの場で発言することができたのだ。
貴重な体験ができたと今でも感謝している。
それを伝えれば、彼は少しだけ悲しそうな顔をした。
「……それが陛下の夢だったからだ。男も女も関係ない。身分すらなく皆が等しく幸せになれる国」
「――そ、れは」
「そう。あまりにも無謀で、無茶で、無理な夢だ。けれどあの方はそれを願った。……優しい人だからな」
口々に言う優しい人という言葉。
本当に心からそう思っているのだろう。
皇帝のことを話す時の彼の表情は優しく、そしてどこか悲しげだ。
「だが所詮絵空事だ。少なくとも陛下の代で、それができるはずもなかった。……認識を変えるのは簡単ではないからだ」
「はい。存じております」
未だ奴隷たちを蔑む人々は多い。
隠れて新たな奴隷を作り出し、売り捌いているものもいると聞いている。
認識はそう簡単には変わらないのだ。
「だから君をあの場に迎えた。もちろん君の能力と地位を踏まえてことだが、あの場にいたものたちの中には君の力を認めた者もいるだろう。それは女だからとか男だからとか関係なく」
「……そうだったのですね」
納得できた。
どうしてパトリシアがあの場にいることを、皇帝が許してくれたのか。
彼の夢の欠片を、あの場だけでも見たかったのだろう。
性別なんて関係なく進む、この国の姿を。
「私はあの方の願いを叶えたいと思った。しかし同時に叶わないことも気づいていた。我々がどれほど動こうとも、すぐに人の意識が変わるわけがない。……君という存在がどれほど優秀であろうとも、人々は君を認めない。女だというだけで」
なんとなく理解ができた。
彼がパトリシアを否定していたのは、皇帝の目を覚まさせるためだったのだろう。
儚い夢は儚い夢で終わるのだと知らしめるために、拒否し続けあわよくばパトリシア本人が泣き言を口にするのを望んだのかもしれない。
「後世に託すことも不可能だと思っていた。アレックス皇太子殿下はそういったことを気にする人ではなかったからな。……だがまさか、今更皇太子の座をクライヴ殿下に渡すことにするとは思わなかった。あの方はいつも私を振り回す」
自傷気味に笑った彼は、今一度パトリシアへと鋭い視線を送ってくる。
「あと一ヶ月やそこらで皇太子のことは発表されるだろう。だが陛下のことは機密だ。最後まで知らされることはない。……だが、すぐにでも勘づかれるはずだ。アレックス殿下の最たる後ろ盾はフレンティア公爵家だったが、他にいないわけではない。波乱が起きるだろう」
「……はい。それでも、クライヴ殿下なら大丈夫です。優秀な方ですから」
「知っている。そんなことは君よりな。だからこそ、クライヴ殿下からの頼みを聞いたんだ。君に仕事を教えてやってくれと」
食い気味で言われて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
まるでお前よりも皇室のことは熟知している、と言わんばかりの表情や語気に、少しだけ彼への印象が変わった。
カーティスのことは正直少しだけ苦手だった。
宰相というより騎士の方が似合っているその鋭い瞳が、こちらを真っ直ぐ見てくるのは怖かった。
けれど今のやりとりで、可愛らしいところもあるのだなと思ってしまった。
「私がクライヴ殿下の下につくことはない。しかし殿下の身を案じていないわけでもない。……陛下の夢を継ごうとしている方を、できるならば支えたいとすら思う」
「……けれど退かれるのですね」
「…………生涯仕えるは陛下だけだと決めている。だからこそ問う。君はなにをしに、ここへきた?」
射抜くような黄金の瞳を、今はもう怖いとは思わなかった。
まるで夜空に登る月のように美しいその目が、見守ってくれているのだとわかったから。
優しく道を照らしてくれるそれを、パトリシアは穏やかに見つめ返した。
なにをしにきたのか。
その答えは、もう決まっていた。
「変えたいからです。この国のあり方を。誰もが自由に、己のなすべきをなせる、そんな国にします」
パトリシアのその言葉を聞いていたカーティスは、驚くでもなくただこちらを見つめ返し続ける。
まるで最初から答えを知っていたかのような彼は、一度だけ視線を下げた。
「それは簡単ではない。少なくとも矢面に立つものは糾弾されるだろう。ひどい罵倒を浴びせられるかもしれない。君がやろうとしていることは、この国では非常識だからな」
「――覚悟の上です」
きっと彼の言うとおり、パトリシアは非常識な女として嘲笑われるだろう。
それでもいい。
いつか誰かがやらねばならないのなら、自分がやりたい。
力強く頷いたパトリシアを見ていたカーティスは、しばしの沈黙ののちに深くため息をついた。
「……わかった。先ほど言ったとおり私は君に教えない。見て聞いて理解しろ」
「はい」
「殿下の御代に残せるものがあるのなら、私もできる限りのことはしよう」
そこまで言うのなら教えてくれてもいいのに、なんて甘えた考えが頭をよぎった。
パトリシアの顔を見ていたカーティスはそんな考えに気づいたのか、珍しく苦々しい表情をする。
「…………人に教えるのは苦手なんだ」
やっぱり可愛い人だなと思ったのは内緒だ。
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