夢に向かって
「うちの学園って高学年になるとほとんど校内にいないのよね。いるのがいいところの次男三男だから、家の事業を引き継いだりするやつが多いのよ。だから上になればなるほどそっちをメインでやっていくの。パティはそれが少し早まったってだけだから、気にせず頑張りなさいよ!」
そう言って送り出してくれたシェリーを思い出しながら、パトリシアは案内役の騎士と共に皇宮の中を歩く。
これから月の半分をこの皇宮で過ごすことになるため、学園長には事前に許可をもらっていた。
成績を落とさないことを条件に許可をもらいここまでやってきたわけだが、学園に残しているシェリーのことが気になってしまう。
ハイネやクライヴもいるけれど、彼らは常に行動を共にできるわけではない。
時折一人になってしまうであろう彼女のことを心配していると、部屋についたのか前を歩いている騎士が振り返った。
「つきました」
「…………お願いします」
一度、二度と深呼吸をして、騎士に合図を送る。
彼は一度頷くと、部屋の中へと声をかけた。
「フレンティア公爵令嬢をお連れいたしました」
「…………入れ」
騎士がドアを開ける。
中は大きな一部屋で、入ってすぐのところにソファーとテーブルが置かれ、その奥に執務用のテーブルが三つ設置されていた。
ドアから入って真正面、そこにその人はいた。
白髪の短い髪に、金に光る鋭い瞳孔。
厳格な雰囲気の男性は、パトリシアをじっと見つめる。
「……お久しぶりです、カーティス宰相様」
「お久しぶりだ、フレンティア公爵令嬢。お元気そうでなにより」
「…………」
好意的、ではない。
いつもの彼の鋭すぎる瞳に見られると、どことなく居心地悪く感じてしまう。
そっと視線を横へとずらせば、彼は大きくため息をついた。
「ひとまず中へ。話をしよう」
「……はい」
言われるがまま中へと入り、ソファーへと腰を下ろした。
するとすぐに目の前に紅茶が置かれる。
パトリシアはそのお茶を置いてくれた人を見て、おや、と首を傾げた。
紅茶を出してくれるのは基本的に侍女であるが、今おいてくれたのは青年だ。
それもきちんとした格好をしていることから、彼が騎士や使用人の類でないことは見てとれる。
どういった人なのかと視線を送っていると、明らかに敵意のこもった瞳を向けられた。
「……」
「フレンティア嬢」
「はい!」
過去に会ったことがあるだろうか?
と彼を見つめていたが思い出せず、どうしてあんなに敵意剥き出しの瞳を向けられるのかと考えていると、カーティスに呼ばれ慌ててそちらへと視線を向ける。
「クライヴ殿下より話は聞いている。が、私は君になにかを教えるつもりはない。見て、聞いて、理解しろ」
「――かしこまりました」
元よりそのつもりだ。
手取り足取り教えてもらおうなんて、そんな甘えた考えは持ち合わせていない。
自分でできることをやるだけだ。
こくんと頷いたパトリシアを一瞥し、カーティスは視線を横にずらした。
「ノア」
「は!」
「人払いを。誰も近づけず、お前も会話が聞こえないところまで下がれ」
「――…………はい」
ノアと呼ばれたのは先ほど紅茶を持ってきてくれた人だ。
彼は名前を呼ばれたことに頰を赤らめ喜び、しかしその内容を聞いて落ち込み、最後にはパトリシアを睨みつけて去っていく。
なんだったのだろうかと彼がいなくなるのを見送り、部屋にはカーティスと二人になった。
しばしの沈黙。
時間にして五分は経ってから、カーティスが口を開いた。
「……陛下のこと、知っているな?」
「…………はい」
その質問に答えるのを少しだけ躊躇してしまう。
本来なら知るべきではないことだからだ。
それがわかっているからこそ、パトリシアはゆっくりと瞳を閉じた。
「……罰は受ける覚悟です」
「罰? ……ああ、まあ本来なら君のような一令嬢が知るべきことではないが、それに関しては殿下から話は聞いている。陛下も承知のことだと。あの方がよしとしていることを、私がどうこう言うつもりはない」
国の機密事項を知ったのだから、それなりの処遇を受けると思っていたのだが、どうやらお咎めなしらしい。
最低でも行動に制限をかけられると思っていたのだが、まさか皇帝も承知していることだったとは。
よくよく考えれば、あのクライヴが一存で国の重要機密を口にすることはしないかと納得した。
「……陛下は君を本当の娘のように思っているからな。君に心の準備をさせたかったのだろう。…………あの方は優しいから」
あ、とカーティスの瞳を見て気がつく。
窓の外、青々とした空を見上げるにしてはその目はあまりにも悲しげで。
いつものあの獲物を狩る鷹がごとく鋭い目とは違い哀愁が漂うその様子に、彼は本当に皇帝を敬愛していたのだなと気づいた。
「君はここでなにをしたい?」
「……私にできることをしたいと思っています」
「具体的には? なにもなくここにきたわけではあるまい」
もちろん目的があっていているが、どこまで彼に言っていいものか悩む。
過去、彼はパトリシアが会議に参加するのを嫌がっていた。
そんな人がこちらの目的を聞いてよしとしてくれるとは思えなくて。
どうしようかと悩んでいると、そんなパトリシアを見ていた彼がそっと息を吐きだした。
「……君は陛下の夢を知っているか?」
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