杞憂であれ

「はあ? じゃあなに、私たち知らぬ間に国の一大事に関わってたってこと!? 言いなさいよ、そんな大切なことは! あとだからパティが怪我してたのね!?」


「結果オーライだからいいじゃん。パティの怪我も少し腫れてるくらいだから大丈夫だよ」


 あの件のダンスパーティーが終わり、パトリシアたちは学園へと戻っていた。

 いつものように人気のない場所……ではなく、話すことが少々複雑なため、レッドクローバーが使う鍵のかかる一部屋を借りている。

 部屋の中は各自の執務用の机と、手前に雑談用のソファーが置かれており、みんなでそこを使わせてもらうことにした。

 紅茶やお菓子を用意して、雑談を楽しむ。

 いろいろあったことを大まかに説明した結果、シェリーの反応はパトリシアとほぼ同じであった。

 そうなるよな、と頷く。


「いいわけあるか! なにそれこっわ! 今更心臓バクバクなんだけどっ」


「わかります。私も聞いた時にはもう本当に……」


「先に聞いてたら一緒に行かなかったでしょ?」


「当たり前でしょ!」


 はあ、と大きく息をついたシェリーは、大声をだして喉を痛めたと蜂蜜をたっぷり入れた紅茶をがぶ飲みした。

 すぐにティーカップを預かって追加を入れれば、さすがに落ち着いたのかちびちびと飲み出す。


「……まあもう終わったことだからいいけど。なるほどね……なんか、いろいろ大変そうね」


「……そうですね」


 二人にはもちろん、なぜこんなに皇位継承を急いでいるのかは伝えていない。

 皇帝の体にまつわることは、ごく一部の側近にしか伝えられない重要機密。

 本来ならばパトリシアですら、知るべきではないことだ。

 もちろん他言するつもりはないが、油断もできない。

 火のないところに煙は立たない。

 こうしてクライヴが急ぎ皇太子となることで、気づくものもいるだろう。

 慎重に動かねばとティーカップを強く握る。

 そんなパトリシアの隣で、ナッツの乗ったクッキーを食べていたシェリーは、そういえばと視線を横にずらす。


「セシリーさんはどうしたの?」


「「「…………」」」


「んん?」


 思わず黙ってしまったのは、致し方ないことだったと思う。

 あの日あの事件があって、パトリシアはきっぱりと彼女に苦言を呈した。

 そしてそのまま別れたため、さぞや怒りを露わにしているだろうとハイネと共にいたセシリーの前へと顔を出せば、彼女は『おかえりなさい』と微笑んできたのだ。

 あの瞬間は驚いたし、正直恐怖も感じた。

 あれだけ泣いてひどいと騒いでいたのに、どうしたのだろうかと不安を感じ、探るような視線を向けていたが、彼女に変わった様子はなかった。

 だからこそ、怖いのだ。

 それをなんとか言葉にして伝えれば、シェリーは眉間に皺を寄せた。


「…………なんか、嫌な感じだね」


「……はい」


 正直嫌な感じなのだ。

 今日のこの話し合いも普段なら一緒に来るはずなのに、彼女はやってこなかった。

 パトリシアの言葉の意味を理解してくれたのかもしれないと喜んでもいいのかもしれないが、言い知れぬ不安が襲ってくる。

 表情が晴れないパトリシアを見ていて思うところがあるのか、ハイネが唸った。


「うーん。なんというか……セシリーって箱入り娘なんですよ。教皇に大切にされてて」


「そんな感じはする」


「でもさ、その大切なされかたが……ちょっと異常なんだよな」


「異常?」


 なにやらおかしな言葉だなと聞き返すと、ハイネは険しい顔をしたままこくりと頷いた。


「なんというか……。全部決められてたんですよ。セシリーのやることなすこと。もちろん、俺との結婚も」


「婚姻を親が決めるのはある意味当たり前じゃないか?」


「そうじゃなくて……」


 うまく言葉にできないのか、あーとかうーとか意味のない声を出した後にやっとまとまったのか、彼は説明をした。


「たとえば話をする人。たわいない話ですら教皇が許可した人じゃないとダメだとか……。俺たちの結婚も教皇が押し進めて、少なくともセシリーの意見は聞いてないと思う。なんでもかんでも全部親が決めてたから、セシリー自身でなにかを決めたのって、下手したら婚約破棄してこの学園にくるのが、はじめてだったのかもしれないなって」


 なるほどそれは確かにあり得ることだ。

 特に女性ともなれば、結婚までのほとんどを親が決めていると言っても過言ではない。

 それはもちろんパトリシアも同じだ。

 基本的なことは親が決めていたため、そういった意味では自由がなかった。

 だがしかし、ハイネの言い方的にたぶんそういうことではないのだろう。


「……一切の全てを、教皇が決めていたと?」


「そうです。なんなら今日食べるものから身につけるものまで全て」


「…………」


 流石にそこまでではないと、思わず顔をこわばらせてしまう。

 そんなところまで干渉されているなんておかしい。

 令嬢とはいえ、少しの選択の自由くらいはある。

 教皇の異常さにふるりと背筋が震えた。


「それで、セシリーさんの身の上話してどうしたいわけ?」


「いや……別に同情しろとか言ってるわけじゃないよ。あいつのあれは度が過ぎてるって俺も思うから。たださ……そんな状況から逃げ出してきたわけだろ? だから、切羽詰まってなにしでかすかわかったもんじゃないなって……」


 ハイネの言葉に思わずその場が静まり返る。

 確かにそうだ。

 そんなところから自らの意思で逃げ出してきたのなら、願いを叶えるためになにかとんでもないことをしてもおかしくはない。

 ちらりとクライヴを見れば、彼は難しい顔をしつつ口を開いた。


「……まあ、大丈夫だろ。彼女が一人でなにできるっていうんだ?」


「それは……そうだな。この国で伝もないし、教皇からの支援も得られないだろうし」


 杞憂か、とほっと息をつくハイネを見つつ、パトリシアはそっと胸元を抑える。

 なぜだろう。

 不安がずっと、離れてくれなかった。

 

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