語り合おう

 あれからしばらくはなんてことない日常を過ごしていた。

 どうやらマリーはあちこちでいざこざを起こしていたようだが、パトリシアには関係のないことだった。

 授業を受け、四人で食事をして勉強をして。

 楽しい日々を過ごしていた、そんなある日のこと。


「図書室?」


「パティ知らなかったの? この学園の最上階に図書室あるのよ。種類も豊富だし、パティも嬉しいんじゃない?」


「図書室……」


「嬉しそうですねぇ」


「はい! とても!」


 読んだことのない本を読めることは喜びである。

 それが歴史書だろうと専門書だろうと恋愛物語であろうと、胸がワクワクすることに変わりはない。


「なら今日の放課後見にいこう!」


「いいんですか?」


「私も読みたい本あったんだ。借りた本も返したいし」


「今日は一緒に行けないなぁ。皇宮から手紙が届くんだよ」


「俺も〜。……溜めてる仕事、やらなくちゃ……」


 隣のシェリーが呆れた視線をハイネに向けていたが、当の本人は気づいてないふりをしていた。

 そんな会話を終えてシェリーとパトリシアは放課後、二人で図書室へときていた。

 中はそこまで広いわけではなかったが、本の種類は多く実に充実している。

 王道のものからマニアックなものまで取り揃えられており、これはわくわくするなと瞳を輝かせた。


「この本は子供の頃に読んだことがあります。歴史の詳しいところをわかりやすく説明してくださってるのでおすすめです」


「本当? パティがおすすめするなら読んでみよ」


 シェリーはおすすめされた本を抱えつつ、他の本もいろいろ物色している。

 パトリシアも懐かしい本を何冊か読もうと吟味していると、不意に視線を感じた。


「……あの人」


「ん? ――……ロイド・マクベス」


 シェリーの腹の底から出た低い声に驚きつつも、本当に嫌いなんだなと思う。

 それは相手もそうなのか、こちらに近づいてきたかと思えばすっと瞳を細めた。


「シェリー・ロックス。盗人がこんなところになんの用だ?」


「……あんたっていっつもそうよね。人を馬鹿にして」


 はじめて見た時も思ったけれど、本当に美しい外見の人だと思う。

 ぱっと見は女性と間違えそうなのに、その冷たすぎる瞳が違和感を与えてくる。

 背が高いからか上から見下ろすようにしてくるところが、あまり好ましくはない。

 そんな彼はシェリーの言葉を聞いて鼻で笑う。


「女がこんなところに来てるからだろ。少し勉強ができるくらいで偉そうな顔をして。しょせん最後は結婚して家庭に入るんだから、無駄なことはしないほうがいい」


「……本当にムカつく」


 今の会話だけで彼という人がよく理解できた気がする。

 なるほどとても凝り固まった思考の持ち主らしい。

 一瞬で関わりたくないタイプにふるい分けされた。


「僕も君みたいな存在を見ているととてもムカついてくる。無駄なことを頑張るやつだなって」


「うるさい奴……。その本性マリー・エンバーにも見せてあげれば?」


「――お前がマリーの名前を口にするな犯罪者」


 そういえばと思い出す。

 カフェテリアでマリー騒動を見ていた時と、彼の口調が違っている。

 どうやら好きな人の前では猫をかぶるタイプらしい。


「彼女を傷つけたお前が気安く呼ぶな」


「あんたはなにがあってもあの女を信じる盲信者だもんね。あの女が傷ついてるって勝手に思ってるといいわ」


 水と油だなと様子を見てて思う。

 この二人、会わせてはいけないらしい。

 今度から気をつけなければと視線を外し、そばにあった本をとる。


「シェリー。この本もおすすめです。歌舞の歴史が学べます」


「本当!? この間パティに聞いてからずっと歌舞のこと調べてたの。知れば知るほど奥が深くて……」


「私もこの本で理解を深めたのでよろしければ一読してみてください」


「ありがと!」


 いつまでも相手にしてやる必要はない。

 会話を遮るようにシェリーに話しかければ、彼女はあっという間に渡された本に夢中になって、ロイドという存在を忘れ去った。

 どうせならこのままどこかへ去ってくれないかと期待したが、思い通りには動いてくれないらしい。


「女。お前も無駄なことをしてるのか?」


「……」


「女は女らしく刺繍の一つでもやってたらどうだ?」


「…………」


「…………おい、聞いてるのか?」


「ああ、私に話しかけられていたんですね。すみません。私、女なんて名前ではなかったので」


「――っ」


 本当は無視をし続けようと思ったのだが、さすがに少しかわいそうだったのでやめた。

 しかし本当に、致し方ないという態度でパトリシアは小さく頭を下げる。


「とはいえご挨拶をしていなかったですね。失礼いたしました。少し前に編入してきました、パトリシア・ヴァン・フレンティアと申します」


「――……フレンティア? ……もしや、フレンティア公爵家の御令嬢?」


「はい」


 流石に彼はローレラン帝国の伯爵の息子なだけあって、フレンティアの名前は知っていたらしい。

 先ほどの見下すような視線が一瞬で消え去った。


「……本当に? 奴隷解放案や医療制度を作った……?」


「いえ。作ったのは他の方です。私は案を出しただけなので」


 青白かったロイドの頰にほんのりと赤みが増す。

 吊り上がった目尻も下がり、なんだかふるふると震えている。

 ぐっと力強く握られた拳そのまま、いきなり一歩前へと近づいてきた。


「フレンティア公爵令嬢! やっと会えたっ」


「…………どこかでお会いしたことございましたか?」


「いえ、僕は伯爵家の三男なので、あなたとお話しする機会はありませんでした。パーティー会場でお見かけすることはありましたが……。でも、ずっとお話してみたいと思っていたのです」


 パーティー会場でならパトリシアはアレックスと一緒にいることが多かったから、話したことはないのだろう。

 髪型や化粧もその時その時で変えるから、遠目で見たことのある程度では気づかなかったのかもしれない。

 とはいえ、なんだこの勢いは。

 先ほどまでの落ち着いた様子はどこへやら、熱のこもった様子に思わず一歩引いてしまう。


「………………そう、ですか」


「僕は政治と法律に一番力を入れてまして、この間の奴隷解放法案の件についてお話しできたらと思いまして。つきましてはフレンティア公爵令嬢の空いている日にちなどありましたら、お教えいただきたく……」


 なるほど彼の専門分野が政治や法律なのか。

 ならば確かに先の奴隷解放法案の件は彼にとって気になるところなのだろう。

 勉学に励むのは素晴らしいことだ。

 知らないことを探求するその有り様もパトリシアに近いものを感じる。

 優秀らしい彼はこの学園を卒業したら、そういう方面に進むのだろう。

 優秀な人と話をすることはパトリシアにとっても喜びである。

 なので答えは簡単だ。


「嫌です」


 嫌なものは嫌だとキッパリ言うのは気持ちがいいなと微笑んだ。

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