物的証拠と証言証拠

「なるほど……」


 パトリシアはふむと頷いた。

 なんというかこれは、あまりにもな話だ。


「なにがあったのかわからないまま私は犯人扱いされて、あの女は欲しい場所を手に入れられたってだけ。それだけのことだった」


「とんでもないことですね」


「しかも全てが終わった後に、同じ部屋の子から聞いたの。あの日マリーが私に貸した本を返してもらいたいからって、部屋に入れたんだって」


 部屋には鍵がついているから、簡単に入れるものではない。

 侵入するには鍵を使うか、壊すか、はたまた持っている人に入れてもらうしかない。


「本を借りてたのですか?」


「ううん。あの子から借りるものなんてないもん」


「……」


 物的証拠と証言証拠。

 その二つが見事に食い違っている。


「そのお友達はお部屋に?」


「放課後はね。急にエヴァンスたちがきてびっくりしたって」


「お友達はエヴァンス様にそのお話をしたのですか?」


「ううん。あいつらはブローチ見つけて終わりだったみたい。はなから私が犯人だって決めつけてたのよ」


 これはお粗末と言ってもいいだろう。

 近しい人への事情聴取もせず、決めつけてことを終わらせるなんて。

 ありえないとパトリシアは首を振った。


「ブローチはどこにあったのですか?」


「私の机の上。整理整頓が苦手で、いつも少しごちゃついてるの。だから友達もブローチが置いてあっても気が付かなかったって」


「…………普通盗んだものを机の上に置きっぱなしにしますか? 同室者もいるのに」


「私ならしない」


 答えは出たような気がした。

 確証は持たないけれど、今の話を聞いたかぎりではシェリーはハメられたとしか感じない。

 詳細はこうだ。

 マリー・エンバーはレッドクローバーに入りたかった。

 そのためには枠をもらわなくてはならない。

 だから、シェリーと仲良くした。

 そして彼女からその枠をもらい、用済みとなったから罠に嵌めた。

 彼女がいない間に、本を返してもらうからと部屋に入る。

 普段から人の行き来があるのだろう。同室者もそこに違和感は感じなかったはずだ。

 そしてその時に、自分のブローチをシェリーのテーブルの上に置いた。

 あとはシグルドたちに盗まれたと泣きつき、探させる。

 トリックとも言えないような陳腐な出来に、たまらずため息を漏らしてしまう。


「今私が聞いたのはエヴァンス様とシェリーの話です。本来ならマリーさんの話も聞くべきなのでしょうが、私がしたいのは事実確認なだけで犯人を突き止めることではありません」


「……うん。私ももう、真実がどうとかどうでもいい。マリー・エンバーにハメられて、シグルド・エヴァンスには信じてもらえなかった。これだけが答えだから」


 苛立ちはまだあるだろう。

 信じてもらえず、犯人に仕立て上げられて。

 それでも彼女は真実を突きつけることよりも、彼らと関わらないことを選んだ。

 怒りを飲み込み沈黙を貫くのは、決して簡単なことではない。

 それは一種の逃げなのだろうが、別にそれでもいいと思う。

 大切なのは自分を守ることだから。


「なので今聞いた話、エヴァンス様から聞いた話。そのどちらも吟味した上でいいます。私は、あなたがブローチを盗んだとは思えません」


「……パティ」


「エヴァンス様はもっと調べるべきだった。マリーさんに疑わしいところがあるのなら、そこを確認するべきだった。それを怠っている時点で、彼らへの信用は落ちています。他方の意見だけを鵜呑みにするのは、上に立つものとしてしてはいけないことです」


「…………さすが、公爵令嬢って感じね」


 本当はもっと違う意味があるのだが、流石に元皇太子妃候補だったのでとは言えない。


「ですので私も決めつけることはしません。ただ可能性があるのにそれを無視することはできないというだけです」


「……うん。それでもいい。私の話聞いてくれたの、あなたが初めてだもん」


 いっそ大事になったほうがよかったのかもしれない。そうなれば必ず教師たちが生徒みんなに話を聞くはずだから。

 そこに気づいていたからかはわからないが、もしそうなのだとしたらマリーはなかなかにやり手らしい。


「…………ただ、もし友人としてだけなら、私はあなたを信じますと伝えたいです」


「――、あ、りがとう。その言葉もらえただけでじゅーぶん。……あー、なんかすっきりしたかも」


 そう言って脱力したシェリーに笑いつつ、一つ疑問に思っていることを投げかけた。


「ひとつだけ気になることがあるんですが、なぜマリーさんはそこまで徹底的にシェリーを貶めようとしたのでしょうか?」


「…………あの子、エヴァンスのこと好きなのよ。そしてエヴァンスも自分のことを好きだと思ってるの。……私、エヴァンスと本当に仲良くしていた。歴史とか文化とか、色々な話をしたわ。それこそ二人で。マリーはわからなくてついてこれてなかった。……たぶん、それが原因」


 好きな人が他の人と夢中になって話をする。

 それが胸を貫くくらい辛いことなのは知っていた。

 多分彼女もそうだったのだろう。

 自分を無視して仲睦まじく話をする二人を、妬んだことだろう。

 気持ちはわかる。けれどもしこの事件の全てを彼女が仕組んでいたのだとしたら、それはやってはならないことだった。


「シェリーはエヴァンス様のこと好きだったんですか?」


「……どうだろ? もしかしたらそうだったのかもしれない。初めてちゃんと喋った異性だったし……。でも冷めたわ。恋心が芽生える前に冷めきったわ、あんなやつ」


「わかります。恋心は永遠じゃないですよね。ふとした瞬間に冷めてそれっきりになるんです」


 もちろん傷は負うけれど、再熱するかと言われれば可能性は限りなく低いと思う。

 そう伝えればシェリーはわかる、と深く頷いた。


「こっちはなにも思ってないのにあの男……。あの女の言葉信じてまだ自分のことを好きだと思ってるのよ……腹立つ」


 なるほどあの時のシグルドの顔はそういう意味だったのかと納得した。

 悪いことをした子供のような顔を思い出し、そんな顔するくらいならもう少し頑張ればよかったのではと思ってしまう。


「ちなみにあの女、クライヴ殿下とハイネ殿下にも擦り寄ってたわよ。無意味だったけど」


「それは……相手が悪かった気がしますね」


 クライヴはあの皇宮であの皇后の元育ったのだ。

 生半可な女性では太刀打ちできないだろう。

 ただでさえ女性の裏面というのを嫌というほど見てきただろうし。

 ハイネも似たような境遇だと思うので、やはり相手が悪かったとしか言いようがない。


「クライヴ殿下は嫌に女子に厳しいなって思ってたけど、パティに会って納得した」


「私ですか?」


 自分が一体なんの関係があるのか分からず小首を傾げていると、それを見たシェリーが大きくため息をつく。


「上には上があるんだなって。自分は井の中の蛙なんだなって思うよねってこと」


 それがパトリシアとなんの関係があるのかわからなかったけれど、シェリーは答えを教える気はないらしい。

 話は終わりと立ち上がり、食事のため一階へと向かう。


「とりあえず大丈夫だと思うけど、マリーには気をつけたほうがいいよ。パティ目立つし、なんかエヴァンスに絡まれてるし」


「そこはもう大丈夫だと思いますよ」


「大丈夫?」


「ええ。そこはもう、徹底的にお伝え致しましたので」


「徹底……? 一体なにを?」


 本当はあまり広めたくはないのだが、まあシェリーならばいいかと口を開く。

 だが流石にあの言葉そのままは言えない。

 ということで努めてオブラートに包むことにした。


「あなたの顔はもう二度と見たくありません、と」


 その言葉を聞いてシェリーが大爆笑したのは、ちょうど一階に着いた時だった。

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