デート

「パティ美味しい?」


「はい。とっても」


 ローレランで今話題となっているカフェに、パトリシアとクライヴはお忍びで来ていた。

 クライヴは変装のため帽子をかぶりメガネをかけていて、普段とは違う装いに少しだけときめいたのは内緒だ。

 テーブルの上には綺麗に飾られたデザートたちがあり、パトリシアはそれを一つ一つ大切に食べていた。

 モチーフが動物らしく、可愛らしい猫の形のクッキーを食べてしまうのが申し訳なくなってしまう。

 だがお菓子であることに変わりはない。

 食べないともったいないだろうと己の心を叱咤し、もぐもぐと口に運ぶ。

 クライヴはそんなパトリシアをただ見ているだけだった。


「こんなところあるなんて知らなかった」


「最近女性たちの間で人気なようです。美味しいし見た目もかわいいので、ここでよく集まってお話をしているんです」


「なるほど。だから女性が多いのか」


 ちらりと周りを見るクライヴに、パトリシアははっとした。

 確かにこの店は女性が多く、男性は恋人や妻の付き添いで二、三人いるだけだ。

 その誰も彼もが気まずそうに辺りをきょろきょろと見ており、その姿を見て察した。

 ついついお菓子に夢中になっていたが、流石のクライヴも居心地が悪いのではないだろうか。

 目元を隠していようとも目立っているし、先ほどから女性グループの何人かがちらちらとこちらを見てきている。

 パトリシアは声をひそめクライヴへと声をかけた。


「申し訳ございません。すぐに出ますから……」


「なんで? パティが気に入ってるならのんびりしようよ。他に食べたいものはない?」


 メニューを渡されてパトリシアはゆっくりとメニューへ視線を移す。

 どうやら本当に気にしていないらしい。

 ある意味視線を向けられることに慣れているからか、クライヴはゆったりとしている。


「クライヴ様が大丈夫なら……」


「あ、それとももう出て買い物でもする? シャルモンで人気のアクセサリーが出たみたいだよ? あの村の宝石で作った」


「見に行きたいと思っていたんです!」


「じゃあ次行ってみようか」


 パトリシアは急ぎデザートを口にしようとするが、クライヴから落ち着いて食べるようにと言われてしまう。

 確かにはしたなかったなと反省し、ちゃんと味わいつつ可能な限り早く店を後にした。

 慌てなくていいのにと言われても、いつも彼が忙しいことを知っている。

 突然呼び出されるかもしれないし、急用ができてしまうかもしれない。

 少しでも一緒にいる時間を楽しみたいのだ。

 その後約束通り二人でシャルモンに向かい、新作をたくさん見せてもらった。

 あの村の宝石はとても質がいいらしく、顧客からの満足度も高いらしい。

 作らせているアクセサリーもひとつひとつが丁寧で、シャルモンの人たちは皆あの村を褒めてくれた。

 パトリシアのためにとクライヴがいくつかアクセサリーを買ってくれて、二人はシャルモンを後にする。


「これだけでよかったの? もう少し買ってもよかったんだよ?」


「一つ一つの質が高いので、じゅうぶんすぎるくらいです」


「そう?」


 その後もいくつか店を周り、化粧品や服、お菓子などを買ってもらった。

 毎回買ってもらうのは申し訳なくなるのだが、クライヴが楽しそうにしているので断ることができないでいる。

 そんなわけで日も暮れ出して、そろそろ帰ろうかと口にしたパトリシアに、クライヴは馬車をとある場所に向かわせた。

 それは皇都を見渡せる高台であり、人気のないそこで二人は夜空を見上げる。


「風が心地いいですね」


「うん。ここ昔から好きなんだよね。皇都が見渡せるから」


「……夜なのにこんなに明るいのは、この国が栄えている証拠ですね」


「皇都の人たちも楽しそうだったね。そういえば話題になってた。資格制度と女性の国家試験参加」


「賛否はありますが、そのどちらも受け入れています。なにかが変わるというのは恐ろしいものですから……。変わることを怖いと思うその気持ちも、分かります」


 けれど変化のない世界に成長はない。

 ローレランは豊かになったとはいえ、未だ昔のしがらみに囚われている。

 誰も彼もが平等になるには、きっとまだ時間がかかるだろう。

 けれど変わろうと、変わりたいと思う気持ちはいつの時代もあるはずなのだ。

 ――たとえパトリシアがいなくても。


「そういえばシェリー合格したんだね」


「はい。ローレラン初の女性合格者です」


「まあ本当ならローレランでいろいろ学んだ方がいいんだろうけど……シェリーならうまくやるでしょ」


「大丈夫です。彼女はとても優秀ですから」


 今もアヴァロンで忙しくしているであろう友を思う。

 きっと彼女なら今後どんなことがあろうとも大丈夫だろうと、確信を持つことができる。

 苦労も苦難も悪態を吐きながら切り捨てる彼女の姿を想像して、パトリシアはくすりと笑う。

 そんなパトリシアをクライヴは横目で見つつ、高台にある手すりに手をかけた。


「――ハイネの婚約者が決まったよ」

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