最初で最後の
「……そうなんですか?」
「前回の件があったからかなり慎重になったみたいだけど……思ったよりも早かったよね。ハイネ本人から手紙がきてさ、すごくいい子だって。でもなんでもズバズバ言ってくるタイプだから合うかわからないってぼやいてた」
「…………ハイネ様はお優しい方ですから。それくらいはっきり物申す方でも上手くやれると思います」
「それは俺も思う。むしろそういうタイプの方が絶対合う」
なんだかんだシェリーと仲がいいところを見るに、彼はあれくらい物申す人の方が相性がいい気がする。
クライヴも同じことを思っているのだろう、パトリシアの言葉にこくんと頷いた。
「教皇の件で現国王も参ってるみたい。だから少しでもいい話をってハイネは今回の婚約を決めたんだって」
「……本当にお優しいですね」
「だね。……まあ、幸せになってくれたらそれでいいよ」
「そうですね」
シェリーは自らの才能を活かせる道を進み、ハイネは自らの未来のために進んでいる。
誰も彼もが前に向かっているのを嬉しく思うと共に、少しだけ寂しく思ってしまう。
「時々さ、思うんだ。アカデミーで面白おかしくしてた時が、夢だったんじゃないかって」
「……わかります」
本当に楽しかった。
気の置けない友人と同じ時間を過ごすというのが、あんなに居心地のいいものであるなんて知らなかった。
一緒にご飯を食べて、教室の一角でおしゃべりをし、図書室で声をひそめて勉強会をする。
夢のような時間は、夢のように過ぎ去った。
「かけがえのない時間でした」
「本当にね。……今思えば、あのアカデミーがなければ俺は皇帝に、パティは宰相になってなかったかもしれないね」
「……少なくとも私は、間違いなくなってなかったと思います」
あそこでの出会いの全てが、パトリシアという一人の人生を変えたのだ。
それだけは間違いないだろう。
あそこに行かなくては、今の自分はいない。
それだけは断言できた。
「……素敵なところでしたね」
「とってもね。…………さて、そろそろ戻らないと」
ぐっと腕を上げて背伸びするクライヴを横目で見つつ、ちらりと視線を後ろに向けた。
今の言葉で後ろが少しだけ騒がしくなった気がする。
どうやら帰るための準備や安全の確保に、騎士たちが一斉に動き出したようだ。
パトリシアはそんな彼らに、後でお礼の品として買っておいたお菓子を渡そうと心に決める。
「今日のお出かけ、相当無理されたのではないですか?」
「んー……まあ、ちょっとだけね。どうしてもパティと皇都を見て周りたかったんだ。最初で最後になるだろうし」
「…………そうですね」
こんな自由に動くことは、きっともうできないだろう。
クライヴもそれがわかっているからこそ、ギリギリまで一緒にいたのだ。
「騎士たちには迷惑をかけちゃった。セシル卿にはあとで怒られるな」
「ともに怒られましょう。そのためにお菓子も用意したんですから」
「あ、やっぱりあれそうだったの? パティが食べるにしては量が多いなと思った」
くすくすと笑った二人は、どちらからともなく手を握りあうとゆったりとした足取りで騎士たちの元へと向かう。
「次からは皇宮に店呼ばなきゃね。それにしてもやっぱりシャルモンはパティに似合うものをわかってたね。出すもの出すもの似合いすぎて全部買いたかった。……やっぱりあのドレス買わない?」
「買いません。じゅうぶんすぎるほどいただきました」
「んー……まあ今後買う機会は増えるもんね。次回のお楽しみってことにしておこう」
歩んでいればすぐに騎士たちと共に待つセシル卿が現れ、彼らは一斉に頭を下げた。
その瞬間、クライヴの目がすっと細まる。
パトリシアに見せていた無邪気な様子から一変、威厳ある皇帝へと顔を変えた。
「警備は?」
「万全の状態にしてあります」
「不審な動きはないか?」
「ご安心ください」
ふう、とため息をついたクライヴに、パトリシアも隣に立ってセシル卿に声をかけた。
「ご足労かけました」
「そのようなことをおっしゃらないでください。我々はお二人を守るためにいるのですから」
パトリシアは振り返り、少しだけその景色を眺めた。
これがパトリシアとクライヴが守るものなのだと、この目に焼き付けるために。
「パティ。馬車がきたよ」
「…………はい」
瞳を閉じれば瞼の裏に、焼きついたあの光景が鮮明に映る。
それはパトリシアが皇后となったあとでも、変わることはないのだろう。
愛しいこの国を、永遠に守るために。
そして時は経ち――。
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