後継者
「お、終わったぁ……!」
「お疲れ様でした」
「……そ、想像より大変でしたね」
ぐったりとしているロイドとネロに、パトリシアはそっと紅茶を差し出した。
通常の業務でさえ最近は激務になっているのだから仕方がない。
流石の二人も限界を超えたようだと、追加で美味しいお菓子も用意させた。
机に突っ伏したままクッキーに手を伸ばすノアの頭を、ロイドが軽く叩く。
「行儀が悪い」
「うへぇあ」
「お疲れです。本当にありがとうございました」
実はここ一週間ほど、パトリシアが別業務に入っていたため、通常業務のほとんどを二人に任せていたのだ。
もちろんパトリシアにしかできないものはやっていたが、普段よりも神経を使っていただろうし大変だったはずだ。
ちゃんと椅子に座ってクッキーやケーキを頬いっぱいに食べ始めたノアを見て、ロイドと一緒にくすくすと笑う。
「フレンティア様のほうはどうですか? ――引き継ぎ作業、上手くいってますか?」
「大体は。書類整理はほとんど終わりましたし、あとは口頭での説明になりそうです」
「いやぁ……。長かったようで短かったなぁ。思い返すと途方もない仕事量だったけど、体感はあっという間という謎時間…………」
確かにその通りだなと頷く。
この五年本当にいろいろなことがあった。
女性の国家試験参加から始まり、女性の雇用問題。
教師、医者の国家資格試験。
そして非資格保持者の取り締まり。
国設立の平民向けの病院と学校の設立など。
あげ出したらキリがないほど、この五年でローレランも様変わりした。
そんな中でも特に皆の注目を集めたのは、ノーチスとの関係だろう。
ノーチスの軍を借り、ローレランの各地に配置することになったそれは、他方から賛否の声が湧き上がった。
他国の軍を恐れる声も多く、はじめはかなり慎重に動くことになった。
拒否の声が少ない土地に軍を配置し、動向を観察。
問題がないかを確認した。
実際ノーチスの軍はとてもよくやってくれている。
最初は恐ろしいものを見るかのように遠巻きにいたローレランの人々も、人の良いノーチス軍の人たちとゆっくりと打ち解けていった。
ローレランの人たちにノーチスの軍人があまりによくしてくれるため、とある騎士団の一人が声をかけたらしい。
なぜ君たちはそこまでローレランの人に優しくしてくれるのか、と。
すると彼らはにこやかに答えた。
我らが姫の第二の祖国になるのだから、大切にするのは当たり前だ、と。
ノーチスの姫はとても愛されているようで、彼らはその言葉通りローレランの人々を大切にしてくれた。
やがてその話は国中に広がっていき、ノーチス軍への嫌悪が緩やかになくなっていくと、彼らはローレランの各地に配置されることとなった。
もちろん問題がないわけではないが、そこらへんは騎士団の人々がうまく取りまとめてくれているらしい。
騎士と軍人。
互いに互いの力を高め合っているようで、両国共に国の力を蓄えていっている。
「そういえば弟君のほうはどうなりました?」
「無事婚約が結ばれました。問題がなければ一年後に輿入れだそうです」
「おお! めでたいなぁ」
ノーチスの姫とパトリシアの弟の関係は良好なようで、一年後の輿入れを双方心待ちにしているらしい。
素敵な相手と結婚できると、弟も毎日嬉しそうにしている。
まさかのところでの縁談だったけれど、上手くいけるのならばよかった。
二人とも幸せになってくれればいいなと思いながら、パトリシアは紅茶で喉を潤す。
「二年前にはアヴァロンの王太子が結婚したし、去年はノーチス国王も結婚。んで今年がローレランか……めでたいことは続くなぁ」
「アヴァロン、ノーチス、そしてローレラン。この三国の同盟が続けば、しばらくは安泰ですね」
「そうですね」
特にハイネの結婚式では、パトリシアも友人の立場で参加できた。
相手の女性は確かに気の強そうな女性ではあったけれど美しく、そしてハイネのことをとても大切にしているのが見てわかった。
そんな彼女のことをハイネも大切そうにしていて、見ているこっちが幸せを感じたほどだ。
結局アカデミーの卒業式には参加できなかった面々だったが、ハイネの結婚式でひさしぶりに四人揃えたのは嬉しかった。
その時の光景を思い出し浸っていると、ケーキを食べていたロイドがちらりと時計を見る。
「――そろそろですね。時間通りならもう来られるはずですよ」
「……ええ」
約束の時間まであと少し。
あと数分後には、パトリシアの後継者がここにやってくることになっている。
何事もなくつければいいのだが……と少しだけ不安に思っていると、ドアがノックされた。
「フレンティア宰相様。お客様がお越しです」
侍女の声を聞いて、パトリシアとロイドはお互いに顔を見合わせた。
「流石、時間通りですね」
「お茶の準備をお願いします」
「かしこまりました」
ロイドが紅茶の準備を始める中、パトリシアはドアの方へ向かい入室の許可を出した。
護衛の騎士が扉を開けて、部屋に入ってきた客人にパトリシアの顔が綻んだ。
「遠い中お疲れ様です。なにか不都合はありませんでしたか?」
「大丈夫よ。皇室の馬車って最高の乗り心地だもの。これからあのレベルの馬車に乗れるんでしょ? ラッキーね」
そう言って笑うシェリーに、パトリシアも同じように微笑んだ。
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