おでかけ

「国家試験は昔からあったけど、そのほとんどの枠が推薦だったから、今年くらいじゃないか? やっとまともな人材が入ってくるのは」


「貴族平民問わずですからね。そのうちまた推薦枠を拡大しろ、なんて言ってくる輩も多いでしょうが……」


「その前に実績を積まなくてはいけませんね」


 とはいえ今年の国家試験をクリアした人たちは皆優秀らしく、配属されたところでの仕事ぶりも耳にしている。

 真面目に仕事をしていた人たちからは、感謝されているくらいだ。

 もちろん推薦で入る人の中にはしっかりと仕事をこなす人たちもいるが、たいていは推薦人の名前の上にあぐらをかいて座っているだけだったりするので、今年の合格者たちは重宝されているようだ。


「ま、そのうち馬鹿どもも焦り出すだろうな。自分の居場所がなくなるって」


「真面目に仕事をする人間が増えれば、場の空気は変わってきますから。今回の試験は、風通しという意味でも最高の結果になったかと」


「…………そうですね」


 この国がより良くなれるように、そのためにならさまざまな取り組みも行っていくつもりだ。

 そのうちの一つが国家試験の推薦枠を少なくすることであり、もう一つが女性の採用だった。


「今回女性で通ったのはシェリー・ロックスだけですね。しかし彼女は……」


「まだしばらくはアヴァロンにいると。忙しくしているようなので、どうせならあちらで実力を伸ばしたいようです」


「クライヴ皇帝陛下が許可してるならいいんじゃないか?」


「もちろんです。今のローレランにいるよりも、必要な仕事をさせてもらえますから」


 今のシェリーがローレランに来たところで、配属された場所でできる仕事は限られている。

 雑務だけをやらされるくらいなら、アヴァロンで実力をつけたほうがずっといい。


「時間もないですしね。……資格の件、話が進んでおります。約半年後には実装できるかと」


「ありがとうございます。そのまま進めてください」


「平民でも資格が取れるようになれば、それは国に認められた証。身分を証明するものにもなるからな。ほしいやつは多いと思う」


「だからこそ早く進めたい。この流れに乗らないわけにはいかないからな」


 うん、と強く頷くロイドに、同じように頭を動かした。

 宰相になってから特に痛感する。

 勢いというのはとても大切なのだと。

 そこに乗れるか乗らないかで、周りの反応もかなり変わってくる。

 今は追い風が吹いているときなので、このまま色々なことを押し進めていきたいところだ。

 だからこそと手元にある書類を見ようとしたとき、ドアがノックされ中に侍女が入ってきた。


「失礼致します。フレンティア宰相様。皇帝陛下がお呼びです」


「わかりました。すぐに向かいます」


 立ち上がるとロイドとノアに目配せして、すぐに部屋を後にした。

 侍女に連れてこられたのはクライヴの私室であり、執務室でないことを少しだけ不思議に思いながらも、許可を得て部屋の中に入る。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


「顔を上げて」


 言われるがまま頭を上げて、パトリシアははたと動きを止めた。

 彼の格好がいつもと違うのだ。

 普段のような装飾がたくさんついた服ではなく、貴族が外出する時のような服装をしている。


「あの……クライヴ様? その格好は一体……?」


「どう? 似合う?」


「え? ええ。お似合いですけれど……。なぜそのような格好を?」


「もうほんと久しぶりに時間が空いたんだ」


 皇帝となってからしばらく、ごたごたが続いてクライヴにまとまった休みはなかった。

 そんな中でできた休息の時間に、どこかへ出かけるらしい。

 なんとなくわくわくしてるようなクライヴに笑っていると、そんなパトリシアを見て彼もまたにっこりと笑う。


「パティの分も用意してあるよ」


「…………はい? なんの話ですか?」


「服。動きやすい服をいくつか見繕わせてるから、選んできて」


「えっと……」


「デートしよう」


「………………デート?」


 なんの話だと困惑するパトリシアの背後から、こっそりと侍女が近づいてくる。

 背後の気配に気づきハッとした時には両腕をがっしり持たれ、あっという間に別の部屋へと連れていかれた。

 そして瞬時に着替えさせられると、またクライヴの私室へと戻される。

 戻ってきたパトリシアを見て、クライヴは満足そうに頷いた。


「いいね。いつもの綺麗なパティもいいけど、この素朴な感じもかわいいね」


「…………どうなっているんですか?」


「パティも俺も仕事ばっかりだし、たまには息抜きしなきゃ。だからデートだよ」


「デートって……」


 仮にも皇帝なのにそんなことをして大丈夫なのかと不安に思っていると、パトリシアの考えを読み取ったのかクライヴがものすごく残念そうな顔をした。


「本当はね、二人っきりでいきたいんだけど……流石に無理だった」


「ということは騎士の護衛がつくのですね? それならいいですけど」


「いいわけないよ。デートって二人で行くものでしょ? せっかくパティとの初めてのデートなのに……」


 しょんぼりするクライヴに、パトリシアは思わずくすりと笑ってしまう。

 疲れているだろうに、休むでもなくパトリシアとのデートを選ぶなんて。

 休んでほしいと思う心と共に、そばにいたいというわがままもひょいと顔を出してくる。

 それならいっそ、二人でのんびり遊んだほうがいいはずだと手を差し出した。


「デート、行くんですよね?」


「――うん。行こう!」

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