嫉妬心は緩やかに燃える
「こんばんは。ロイドさん、ルージュ様」
「――! ふ、ふふふフレンティア様!」
「こんばんは。フレンティア嬢とこのようなところでお会いするとは」
学園の図書室へと向かう道で、ロイドとクロウに出会う。
彼らはパトリシアを見つけると微笑み近づいてくる。
その姿を見て、初めて会った時よりずいぶん親しくなったなと感慨深く感じた。
「元奴隷の村に出向いたとか。お怪我とかはなかったとクロウから聞きましたが、とても心配いたしました。次行くことがあるのなら、この僕を盾としてお連れください!」
「え、いえ、それは……」
「盾の役目は騎士が担うって言ってるのに、こいつ人の話聞かないんですよ」
「なによりもフレンティア様の御身が大切だろう!」
熱を上げつつあるロイドを宥めつつ、パトリシアはそういえばと疑問を投げかけた。
「お二人はなぜこちらに? 誰かをお待ちなのですか?」
「あぁ……。えっと……」
どうしたんだろうか?
なにやら言い淀んでいる。
二人はちらりと視線を合わせたあと、意を決したように口を開いた。
「実はですね……。セシリーさんから騎士の授業を見学したいと言われまして」
「一人で待ってるのは怖いからと、僕も一緒に来てるんですが……」
おやこれは、とパトリシアは己の顎に手を当てつつ、この間マリーから言われていたことを思い出す。
どうやらセシリーとの間で一悶着あったらしく、彼女の中で印象はよくはないらしい。
だがそれはマリーだけなのだと思っていたのだが、二人の様子からそうではないのかもしれないと思い始める。
「なにかあったのですか?」
「…………彼女がアヴァロンの聖女だと知っているため、失礼のないよう心がけてはいるのですが……」
「ぶっちゃけると疲れます。マリーが彼女のことを嫌ってるようなので……」
なるほどやはり板挟みになっている感じなのか。
この二人も大変だな、と思いつつ、ふとこの間マリーと会った後にシェリーが疑問に思っていた部分を聞いてみることにした。
「……あの、一つだけ質問よろしいでしょうか? 場合によってはとても失礼な質問になってしまうかと思いますので、お答えいただけなくとも大丈夫です」
「もちろん。なんでもお聞きください!」
前のめりになっているロイドを落ち着けつつ、パトリシアは一つの質問を投げかけた。
「お二人はマリーさんのことをどう想っていらっしゃるのですか?」
シェリーが言っていたのだ。
二人のマリーに対する態度が変わったと。
昔のあの盲目的な感じがなくなり、仲のよい友人のようになっている気がすると。
だからどうなのだろうと聞いてみたのだが、二人はああ、となんてことなさげに頷いた。
「なんというか……落ち着いたっていうのが正しい表現かもしれません」
「そうですね。マリーのことは大切ですけど、でもそれは友人としてだと今では思えます」
「そうなのですね。急な心境の変化、というやつなのでしょうか?」
「それは……」
一瞬だけ言い淀んだけれど、まあいいかとクロウが少しだけ困ったように笑う。
「あれだけのことがあれば、さすがに心境の変化くらいはありますよ」
「あぁ……」
パトリシアが濡れ衣を着せられかけた事件のことかと、なんともいえない顔をしてしまう。
まあ確かにあんなことがあって、昔のままでいられないかと当時のことを思い出す。
問い詰めるだけ問い詰められて大号泣で謝っていたマリーを思い出し、別にパトリシアが悪いとは思ってないがそっと心の中で謝罪しておくことにした。
「昔はマリーがシグルドを好きなことに気づいて、なんとかして振り向かせてやろうって躍起になってましたけど、今は二人が幸せになればいいなと思ってますね」
「僕もです。とにかく今は、フレンティア様といろいろお話しするほうが楽しいですから!」
「俺も。あの旅のおかげでもっと騎士として色々やりたいことが増えたので」
「…………そうですか」
二人の考えを変えてしまった当事者として、少しだけ謝罪の心を持ちつつも、まあ前向きならばいいかと頷いた。
とりあえずこの二人の目下の問題はセシリーらしい。
これから騎士選択授業の見学に行くようだが、色々大丈夫なのだろうかと声をかけようとして、彼らの後ろから人が近づいてくるのが見えて慌てて口を閉ざした。
小走りでやってくるのは、まるで天使のように美しいセシリーだ。
彼女はクロウとロイドに微笑みつつ挨拶をして、そのあとパトリシアに意味あり気に視線を送ってきた。
「こんにちは。あら、パトリシア様もご一緒だったんですね?」
「こんにちは、セシリー様。たまたま図書室に向かう途中だったのでお話ししていたんです」
「……そうですか」
なんだか一瞬、嫌な空気が流れた気がしたのは間違いだろうか?
彼女から流れる不穏な気配に瞳を瞬かせていると、セシリーはにっこりと微笑みパトリシアに近づいてきた。
「パトリシア様は男性と仲良くなるのがお得意なのですね。クライヴ様にハイネさん、ロイドさんにクロウさんまで。たくさんのかたをお相手されてるのですね?」
今、明確に敵意を向けられたのがわかった。
それが一体なぜなのかはわからないが、ひとまずその敵対心を受け取ることにした。
彼女と同じように微笑みを返せば、側からみれば仲睦まじそうに見えるだろう。
その笑顔のまま、パトリシアは少しだけ首を傾げた。
「――どういう、意味でしょうか?」
「意味なんてありませんわ。人と仲良くなれるのは素晴らしいことですから。わたくしは男性と親しくしたことがなかったので、パトリシア様のようにたくさんの殿方と仲良くする術を教えていただきたいくらいですわ」
「…………そうですね。人と仲良くなれるのはいいことですからね」
ぱちっと、小さく火花が散った気がした。
二人の間になにか小さなものが燃えては弾けている。
それが明確になにかはわからなかったが、ただお互い視線を外すことはしない。
目を背けたら負けだと、無意識に思っていたのだ。
そんな二人の空気を感じ取り不味いと思ったのか、クロウが慌てて声を上げる。
「そろそろ授業の時間なので! セシリー嬢、行きましょうか!」
「――はい。そうですわね」
クロウに案内されるまま、彼女はゆっくりとパトリシアから視線を外し歩き出した。
最後の最後、ギリギリまで向けられていた瞳は、とても好意的なものとは思えなくて。
なにが彼女の逆鱗に触れたのか分からず、立ち去る彼女の背中をじっと見つめる。
「……フレンティア様。大丈夫ですか?」
「――大丈夫ですよ」
心配してくれるロイドに微笑みを返しつつ、もう一度二人が消えた方向を見つめる。
彼女が今後どうしてくるかはわからないが、パトリシアから行動を起こすことはない。
しばらくは様子を見ようと、そっと踵を返した。
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