君と彼と彼女と私
「あ、そうだパティ。これ」
「はい?」
夕食をとるためカフェテリアへ来ていたパトリシア、クライヴ、シェリー、ハイネ、そしてセシリーは食事を持ってテーブルへと向かっていた。
あんなことがあったというのに、次に会ったときにはセシリーはいつも通りに戻っていた。
向こうがそうくるのならこちらもいつも通りにしていようと、現在は停戦状態である。
そんなわけで普段通りを装うパトリシアは、日々の楽しみとなっている食事のメインをパスタとし、デザートにはチョコレートケーキを頼んでいた。
美味しそうなチョコレートケーキにワクワクしつつ、食事をテーブルに置いて座ったところでクライヴから一枚の手紙を渡される。
張り付いた蝋印から、皇族の誰かからの手紙であるとすぐに気づいた。
「母上から。もうそろそろ誕生日でしょ? パーティーをするみたいで、そこにパティもきてほしいって」
「……ですが、私は」
パトリシアがパーティーに出たのは、あの婚約破棄の時が最後だった。
あれからなにかと理由をつけては欠席をしていたが、皇后直筆の招待状では断ることはできないだろう。
最悪出るのはいい。
アレックスとミーアに会うことになろうとも、当たり障りない対応をすればいいだけだし、周りから笑われようとも我慢すればいいだけだ。
そこらへんは大丈夫なのだが、問題はそこではない。
「パートナーがいないので……」
「――あぁ、そっか」
基本パーティーにはパートナーと一緒に行くのが常識だ。
パトリシアも皇太子の婚約者になってからはアレックスと共に出ていた。
彼がどれほどミーアに心奪われようとも、それだけはしてくれていたから、他の人と行くことはなかった。
そして今、パトリシアは皇太子の元婚約者というなんとも言えない立場となり、そんな人をパートナーに選ぶ男性はいないだろう。
最悪は父に頼むという手もあるが、これ以上迷惑はかけたくない。
どうしようかと悩んでいると、なぜかクライヴも同調するように深く頷いた。
「そうなんだよね。俺も相応の血筋の家から年頃の令嬢をランダムで選んで、被らないようにするの大変なんだよ……」
「なにそれ。なんでそんなことするの?」
「二回同じ人と行ったら婚約者だと思われるから」
未だ婚約者がいないクライヴが、特定の人とずっとパートナーになれば、その人が婚約者だと思われてもおかしくはない。
そうならないためにも、彼は家柄と年齢からふさわしい人を選んでいる。
だがそう何人もいるわけがなく、毎回選ぶのを苦労していた。
今回も誰と行くか選ばなくてはと嫌そうな顔をしていると、それを見ていたシェリーがパトリシアへと指先を向ける。
「ならパティと一緒に行けばいいじゃない」
シェリーのその言葉に、クライヴはものすごく残念そうな顔をして首を振ると一つため息をついた。
「…………それができるなら苦労してないよ。さすがに婚約破棄してまだ一年経ってないのに、俺のパートナーとして列席したら変な噂立てられるよ。……俺は別にいいけどね」
ぼそっと呟かれた最後の言葉はうまく聞こえず、パトリシアは不思議そうにクライヴを見る。
確かに彼の言う通り婚約破棄してから一年も経っておらず、その間パーティーには出席していない。
久しぶりに出席したかと思えば、元婚約者の弟である皇子のパートナーとして現れれば、周りからはどんな目で見られることかわかったものではない。
まあパトリシアはもうどんな人と出席しようと、視線を受けることは間違いないので気にしないのだが、クライヴに嫌な思いをさせたくはない。
なので致し方ないと黙っていると、話を聞いていたセシリーがなにかを思いついたように両手を叩いた。
「ならわたくしが、クライヴ様のパートナーとして参りますわ」
「え、……」
「いやいやいや! 招待状もらってないだろ!」
「クライヴ様のパートナーとして向かうのなら必要ありませんわ。アヴァロンでは何度もパーティーに出ていましたので、礼儀作法なんかもわかりますし」
「……いや、そうでしょうけど」
そこを気にしているわけではない。
皇子であるクライヴのパートナーは、否応なしに注目を浴びる。
そこでさらにはアヴァロンの聖女と一緒に来たとなると、騒ぎになること間違いない。
だから拒否しようとしたクライヴだったが、それよりも早くシェリーが思いついたように口を開いた。
「だったらパティはハイネと行けばいいじゃない」
「「はい!?」」
これにはパトリシアとハイネの二人が反応した。
いったいどういうことだとシェリーを見れば、彼女は名案だとばかりに頷く。
「そうよ。クライヴ殿下とセシリーさん、ハイネとパティが組めばみんな行けるじゃない。セシリーさんとハイネはこの国の住人じゃないし、あーだこーだ言われても一日だけだから気にしないでしょ?」
「全然! 全く気にしませんわ!」
「いや、それはそうだけど。……でも」
ちらりとハイネから視線を向けられて、パトリシアは眉尻を下げる。
確かにシェリーの言うとおりではあるが、彼に迷惑をかけるのは……と辞退しようとするが、それよりも早くハイネが頭をかきながら口を開いた。
「あー、うん。まあ、パトリシア嬢がいいなら俺はいいですよ」
「え!? いえ、ですがご迷惑をおかけしてしまいますし……」
「やっぱり。パトリシア嬢のことだからそんなふうに考えてると思った。友人なんですから、むしろかけてくださいよ。まあ、思いませんけどね。迷惑なんて」
「……ハイネ様」
彼が受け入れてくれたのはパトリシアのためだ。
きっと悲しげな顔をしたパトリシアを見て、瞬時に考えを感じ取ったのだろう。
とてもありがたい申し出だが、本当に受けていいのだろうかと束の間考える。
シェリーの言うとおり、どれほど陰口を叩かれようともハイネは気にしないかもしれない。
しかも彼はアヴァロンの王太子だ。
下手なことはしないだろう。
しかしそれでいいのかと彼を見れば、なにも言わずただ頷く。
大丈夫だと、気にするなという思いを込めたであろう彼の行動に、パトリシアも腹を括ることにした。
彼の優しさを無碍にはできないと、ありがたくお願いする。
「では、ハイネ様がよろしいとおっしゃってくださるのでしたら、私のパートナーになっていただけますでしょうか?」
「もちろん。当日はばっちりエスコートしますよ」
まさか同級生とはいえ、隣国の王太子にエスコートをお願いできるなんて。
どちらにしても数多の視線を受けることになりそうだ。
早めにドレスをお願いしようと考えていると、そんな二人のやりとりを見ていたセシリーが嬉しそうにクライヴへと声をかけた。
「パトリシア様とハイネさんがパートナーになるのなら、わたくしたちもパートナーになりましょう」
「…………そう、ですね」
こうして、パーティーのパートナーが決まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます