考えかた一つ
パーティーの話が出た日の夜、パトリシアはシェリーを部屋へと誘った。
二人とも部屋着に着替えた状態でベッドに寝転びながらいろいろなことを話す。
学園のこと、近々あるテストのこと、元奴隷たちの村のこと。
毎日のように話しているのに尽きることのない話題に笑い合いながらも、パトリシアはどうしても聞きたかった質問を投げかけた。
「なぜあの時、クライヴ様とセシリー様、私とハイネ様をパートナーにしようと言ったのですか?」
シェリーにはパトリシアの心の内は話していたので、クライヴとセシリーをパートナーにと提案するとは思わなかった。
別にそこに対しては怒っていないし、聡い彼女のことだからなにか理由があってのことなのだろう。
そう思って聞いた質問に、シェリーはクッションを抱きしめつつ答えた。
「んー、いくつかある。一つ目はあれね、諦めさせるため」
「諦めさせる?」
「セシリーさんよ。クライヴ殿下が彼女に靡くことはないのに、いつまでもこのままってわけにはいかないでしょ? なにかきっかけが必要なのはわかってたから」
きっかけか、とパトリシアはベッドのシーツを見ながら考える。
確かにどんなことにもきっかけが必要なのはわかるが、果たして彼女が本当に諦めたりするだろうか?
不安そうなパトリシアに気づいたのか、シェリーが片眉を上げる。
「なにに不安になってるのかはわからないけど、少なくともクライヴ殿下が靡くなんてことはないから安心なさい」
「……そう、ですね」
「それにね、私はパティに自信を持ってほしいの」
真っ直ぐに向けられるシェリーの瞳は真剣で、これはちゃんと聴かなくてはいけないやつだとベッドから起き上がる。
彼女もクッションを手放すと、真正面から向き合った。
「婚約破棄のこと、後悔してないんでしょ?」
「――はい。してません」
皇太子妃、そして皇后になることがパトリシアの夢だったけれど、今はそれを手放してよかったとすら思えている。
少なくともあの日、あの決断をした己を恥じたりはしない。
はっきりと肯定したのを見て、シェリーもまた深く頷いた。
「ならパーティーに出るべきよ。あなたはなにも恥じてない、悲しくもない。むしろ今幸せなんだって、いろんな人に見せるべきよ」
「――」
「その皇太子もいっそぶん殴っちゃえばいいのよ! いい? そういうやつに容赦はいらないの。拳よ拳。こう、頰を穿つようにやってやるのよ」
シュッと音がなるほどの勢いで拳を振るうシェリーを、パトリシアはじっと見つめた。
彼女のような考えを持っていなくて、まさしく目から鱗だったのだ。
周りからなにを言われようとも無視していればいいと思っていたので、自慢だなんて考えてもいなかった。
だがしかし、考えてみれば確かにそうだ。
きっと会場で嘲笑ってくる人たちは、パトリシアの不幸な姿を見たいはずで、逆に幸せに笑っている姿を見たらどう思うだろうか?
想像してみて、思わずニヤッと笑ってしまう。
「――それは、清々しいですね」
「お、いい顔。でしょう? 相手は仮にもアヴァロンの王太子だし、悪くはないと思うのよ」
「悪いどころか、むしろ羨望の眼差しを向けられると思います」
「最高じゃない」
「最高ですね」
二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。
まさかこんな悪巧みをする日が来るとは思わなかった。
だかしかし確かにシェリーのいう通り、ただ我慢するだけなんてもったいない。
アレックスを殴る殴らないは置いておいても、今の元気なパトリシアを見せるというのはいい案かもしれない。
これはパーティーに向けてやる気が出てきたと、強く拳を握りしめた。
「そうとなればドレスからアクセサリーまで最高のものを用意しましょう!」
「いいじゃない! ハイネとお揃いみたいにしてもいいんじゃない?」
お揃い。
確かに過去のパーティーでは、アレックスと色を合わせたこともあった。
それだけでも仲のよい二人を演出できるからだ。
それをハイネとするというのはいい案かもしれない。
そうと決まればと、パトリシアはベッドから立ちがると机へと向かう。
「なに? どうしたの?」
「手紙を書こうかと思いまして」
後ろから手元を覗き込んできたシェリーにそう返しつつ、二枚の便箋を取り出した。
一枚は家へ送るつもりだ。
パーティーに合わせて帰る旨と、それ用の馬車の用意。
そして身支度をするための準備を終わらせておいてほしいと簡単に書いていく。
必要なものだけをざっと書き記し、すぐにもう一枚を机に置いた。
「そっちはどこに?」
「シャルモンです。本気を出すならここだと決めていましたので」
どうせなら全身全霊をかけて、綺麗にしていこう。
まっすぐ前を向いて背筋を伸ばして歩く。
そのための戦闘服を、シャルモンにお願いしたい。
パトリシアは手紙に皇后主催のパーティーに誘われたこと、そこで着ていくドレスをお願いしたいということ、そしてパートナーであるハイネの容姿も綴った。
「お揃いにするならどちらもシャルモンにお願いしてしまおうかと」
「……いいわね。全力でやっちゃいなさい! ハイネには事後報告だって構わないわよ」
「はい!」
もちろんハイネには相談するつもりだが、その時も全力で臨みたいと伝えるつもりだ。
「――楽しみです」
まさかあんなに憂鬱だったパーティーが考え方ひとつ変わっただけで、こんなにうきうきするものになるなんて知らなかった。
最高のパーティーにしてやると、パトリシアは深く頷いた。
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