俺を選んで

「ひとまずさっきのは最高だった。ますますパティを好きになったよ」


「…………お見苦しいところをお見せしました」


「スカッとした最高のシーンだったよ。手は大丈夫? 痛くない?」


「……今のところは」


 あとで医者に見せようとのクライヴの申し出にありがたく頷いた。

 手を見れば赤くなっていて、正直今痛くないのが不思議なくらいだ。

 クライヴはそっとパトリシアの手をとると、優しく触れてくれる。


「無理はしちゃダメだよ。痛くなったらすぐ医者に見せにいくからね?」


「……はい」


 ゆっくりと離された手に少しだけ名残惜しさを感じつつも、パトリシアは目の前にいる彼の瞳を見つめる。

 真剣なそれは、これから話すことの重要性を教えてくれた。


「さっき、兄上が言ってたやつなんだけど」


「……皇位継承の件ですが?」


「…………うん」


 やはりそうかと、くるりと踵を返した彼の背中を眺める。

 ゆっくりと散歩をするように歩き出したクライヴに従い、パトリシアも足を進めていく。

 そういえばこうやって二人で会って皇宮内を歩くのは久しぶりだ。

 大人になってから会うのは皇宮の廊下くらいしかなかったのに。

 最近はずっと一緒にいる。

 おかしな気分だ。


「パティたちには言ってなかったんだけど……俺が皇太子になることが決まったんだ」


「――」


「兄上にもまだ伝えてないんだけどね」


 まさかもう決まっていたなんて。

 驚きのあまり黙り込んだパトリシアを見て、クライヴは苦笑いを浮かべた。


「実はかなり前からその話は出ててね。俺も了承して、いろいろ皇太子として父上から出された試練……的なのをクリアしてってたんだ」


「……お忙しそうになさってたのは、そのせいだったのですか?」


「パティはよく見てるね」


 いろいろ急いでやっていたのは、そんな背景があったのかと元奴隷の村にいた時のことを思い出す。

 皇太子になるための試練だなんて、焦っていてもおかしくはないのに。

 あれだけ一緒にいて、不安だっただろう彼の心を読み取れなかったなんて。


「申し訳ございません。私は、そうとも知らず……なにも手助けできなかったなんて……」


「ん? 手助けならしてもらったよ? むしろパティとシェリーのおかげで俺が皇太子になるのが決まったようなもんだし」


「え?」


 パトリシアとシェリーのおかげとは、一体なんのことだ?

 ぽかんとしているパトリシアを見て、クライヴはあ、と思い出したように手を叩いた。


「最後の試練? 的なやつが、元奴隷の村を納税が発生する三年以内に経済を安定させること、だったんだよ。パティたちが作ってくれた資料で父上も納得してたから、合格ってことになったんだ」


「…………」


 つまりなんだ?

 パトリシアとシェリーは知らぬ間に国の大事に関わっていたということか?

 あまりのことに一瞬ふらついたパトリシアは、近くにあった木々に寄りかかった。


「なぜ先に仰ってくださらなかったんですか……! 知っていたら連れて行ってほしいなんて言わなかったのにっ!」


「結果オーライじゃない? むしろ二人を連れてったおかげで、あの村は栄えることができそうだし。俺も皇太子になれたし。持つべきものはできる友人だよね」


 なんだかんだと言いながらもクライヴは優秀だ。

 パトリシアたちがいなくても、別の形で経済を回すことができただろう。

 確かに結果皇帝から良しが出たからよかったが……。

 いろいろ最悪なことを考えるとゾッとしてしまう。

 木に寄りかかったままぷるぷると震えているパトリシアに気づき、クライヴは慌てて落ち着かせようとしてきた。


「大丈夫だからあんまり深く考えないでよ。今回のことは秘密裏にやらなきゃいけなかったから、むしろ心強かった」


「…………そうですか?」


 まあ彼がそれでいいならいいかと、納得することにした。

 下手に考えても変な方向にいきそうなので、早々にやめたのはきっと英断だろう。

 無理やりにも納得し木から離れ彼の隣へと向かえば、安心したのか深く息を吐いていた。


「黙ってたのはごめん……。言えなくてさ」


「わかります。そのような重要なこと、話せないのは理解していますから」


 国の根幹を担うことをそうそう話せないのはわかる。

 まあ流石についていくと言った時は止めて欲しかったが、今となっては後の祭りだ。

 これ以上あれこれ言うつもりはない。

 それよりも今は、皇位継承の話だ。


「……クライヴ様は、皇太子になられるのですね?」


「……うん。実はパティが婚約破棄したくらいからその話をもらってて……どうしようかずっと悩んでた。けどさ、前に話したでしょ? 欲しいものが手に入るのなら、俺は皇帝になるって」


「欲しいものが、あるんですか?」


 彼の望むものとはなんだろうか?

 皇帝になることで手に入るものなんて、意外と限られていると思う。

 少なくとも自由はなく、重い責務を背負わされる。

 それでも彼が皇帝になりたいと思うほど欲しいもの。

 それは一体なんなんだろうか?

 クライヴはパトリシアと目を合わせると、優しく微笑んだ。


「ねえ、パティ。俺を選んで」

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