君のための願いを
「――……」
「正直パティが俺を選んでくれるなら、皇帝になんてならなくてもいいと思ってるんだ。けど、パティのためを思うなら俺は皇帝になるべきだ」
「私の、ため?」
「パティはさ、自分の将来をどうしたいと思う?」
自分の将来を、考えなかったことはない。
昔はこの国に住む全ての人のためになる皇后になりたいと思っていた。
けれどその夢がなくなった今、パトリシアの夢は漠然としている。
自分の力を発揮したい。
自分にしかできないことをしたい。
そんな確証の持てない夢だけが、頭の中にある。
それをどう言葉にしたらいいのかわからなくて、口を閉ざしてしまう。
そんなパトリシアを横目に、クライヴは夜空を見上げた。
「パティの夢はたぶん、今のこの国じゃ叶えられないと思うんだ」
「……それは」
女性がこの国でできることは、結婚し子供を成すことだけ。
時折自らの力で財を成すものもいるが、それは商売に限る。
少なくとも国に関することは、男性のみが話し合うことができる。
女の出る幕ではないのだと、この国の根幹はいう。
「俺はあのアカデミーに通って、パティとシェリーに会って、一緒に過ごして。男とか女とかそういうものは、才能と一切関係ないってことを肌身に感じたよ。でもこの国ではそう思うことすら異質なんだ」
「……はい、そうです。この国では少なくとも、女性が地位を得ることはできません」
「うん。だからそこを変えようと思って」
「――え?」
どう言うことだろうかとクライヴを見れば、彼は未だ夜空に輝く星々を見つめている。
一つ一つがきらきらと光続けるそれは美しくて、気づいたらパトリシアも上を向いていた。
「三つの願い。俺はこれを使ってこの国を変えようと思う」
「――……クライヴ様、それはっ」
「もちろん、俺の願いも叶える。どうせ最初で最後のわがままなんだから、言うだけ言ってやろうと思うんだ」
皇帝が即位の際に使える三つの願い。
どんな願いすら叶えることができると言われているそれを、彼は使おうとしているのだ。
パトリシアのために。
「……クライヴ様。それは、許されることではないかもしれません」
「そうだね。だからパティにもたくさん頑張ってもらわないといけなくなる」
「頑張る、ですか?」
「うん」
一体パトリシアになにをさせる気なのだろうか?
話が見えないなと小首を傾げていると、クライヴはその瞳を星の光で輝かせた。
「俺が考えてる三つの願い。一つは――……」
クライヴが口を開く。
彼の口から語られるそれは、まるで夢物語のようなものだった。
そんなこと叶うはずがないと思いながらも、もしも叶うのならと思ってしまう。
それが許されるのなら、パトリシアは――。
ただじっと、彼の横顔を見つめる。
最後に彼は少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「もちろんパティが俺を選んでくれるなら、だけど。今言うと選べっていう脅しみたいになっちゃうかな?」
「…………いいえ。クライヴ様がそんなつもりで言っていないことくらいわかっています。けれど、本当に……よろしいのですか?」
彼の願いは下手をしたらみんなが不幸になるかもしれない。
少なくとも彼自身は相当な批判を浴びる可能性が高い。
それなのに本当にいいのかと問えば、彼は深く頷いた。
「博打なのはわかってるよ。けどね、俺は勝てない勝負はしたくない。勝算があるからやるんだ。まあ、失敗したら俺は未来で愚かな皇帝だ! って言われるんだろうけど……」
失敗したら、確かにそうなるだろう。
未来の人たちは彼のことを愚王と、蔑むかもしれない。
それでもいいと、彼はいうのだ。
パトリシアは考える。
本当にいいのか、と。
彼の輝かしい未来を変えてしまっても、いいのだろうか?
本当に?
ちらりと隣を見れば、彼はただ穏やかに微笑んでいて。
覚悟なんてとっくに決まっているのだと、その顔でわかった。
ならパトリシアも、覚悟を決めなくてはならない。
たとえ誰に蔑まれようとも。
共に、戦いたい。
「…………なら、一緒に愚かだと笑われましょう」
「――」
大きく見開かれた瞳は、パトリシアだけを一身に見つめてくる。
まさかこんなことを言われると思っていなかったのだろう。
確かに彼には言っていないけれど、パトリシアの中ではもう彼を選んでいる。
だからこその言葉だ。
「二人で一緒に世界で一番愚かになりましょう。誰になにを言われても、クライヴ様と一緒なら……怖くないです」
「……いいの? 本当に?」
その言葉にただ静かに頷けば、彼は呆然としつつもゆっくりと顔を伏せる。
どうしたのだろうかと覗き込もうとすれば、顔を手で覆いつつもう片方の手でパトリシアを制してきた。
「ちょっと待って。……いろいろ頭が追いついてないんだ。……えっと、……それってつまり、俺を選んでくれたってことでいいんだよね?」
ふむ、と考える。
パトリシアの中ではもう答えを出しているし、今ので伝えた気できたのだが、彼の中では確証を持てないようだ。
耳まで赤くしつつちらちらとこちらを見てくる彼の可愛らしい姿を見て、なんだか少しだけ意地悪をしたくなった。
パトリシアはふふっと笑うと、人差し指を立てて唇へと当てる。
「どうでしょうか? クライヴ様はどう思われますか?」
「そこで普通俺に答え託す!? えぇ……。いや、うん! 選んでもらえたんだと思うことにする。そのほうが嬉しいし、気分いいし」
あっているのだが、まあ言葉にするのはまたの機会でいいかと、暑さに耐えかねて手で顔を扇ぐクライヴを見つめる。
きっとこの先、ちゃんと言葉にする機会が訪れるはずだ。
その時には、きちんと伝えよう。
偉そうだと馬鹿にされるかもしれない。
女のくせにと笑われるかもしれない。
けれど誰になにを言われても、もう怖いという感情はなかった。
だって、一番わかって欲しい人が理解してくれているのだから。
だから伝えよう。
きっと喜んでくれるこの人に。
『私はあなたを選びました』
と。
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