砦となれ
「そういえばそろそろ、フレンティア嬢の補佐官を決めなくてはな」
カーティスからそう言われたのは、彼の後継者としての仕事に慣れてきたある日のこと。
執務室にはパトリシアとノアがおり、カーティスの言葉に素早く顔を上げた。
「俺! 俺ですよ! パトリシアの補佐官!」
「うるさいぞ。お前だけでは回らないから言ってるんだ」
元気よく椅子から立ち上がり手を上げたノアに、カーティスがぴしゃりと言う。
「現状ですら手が足りてるとは言えん。補佐官は最低でも後一人は必要だという話だ」
確かにその通りである。
カーティスがいるこの状況でも手が回りきっていないのが現状だ。
それなのに彼がいなくなり、パトリシアとノアだけというのは流石に心許ないと、カーティスも思っていたのだろう。
彼からの提案は正しいなと、パトリシアは頷いた。
「その件ですが実は一人、声をかけてる者がおります」
「……ほう、誰だ?」
「今はまだ学生なのですが、優秀な方です。きっと手を貸してくださるはずです」
パトリシア本人からの推薦ならばと、カーティスは納得したてくれた様子だ。
「そうか。君の部下になるんだ。君が決めるといい」
「ありがとうございます!」
「新しいやつかぁ……気が合うといいんだけど」
心配そうなノアをよそに、パトリシアは青々とした空を見つめる。
今頃急いで向かっているのだろうなと、安易に想像ができた。
ノアとの相性は果たしてどうだろうか。
手を取り合ってやってくれるといいなと思いながら書類の整理をする。
次の書類は……と仕事に没頭しているパトリシアの元に、数日後とある人がやってきた。
「ふ、ふ、ふ、フレンティア様! お久しぶりでございます!」
「ようこそお越しくださいました。――ロイド様」
そこにはアカデミーの先輩であり、レッドグローバーとして優秀な成績を収めているロイド・マクベスがいた。
彼は頰を赤らめれ明らかに興奮した様子で執務室にやってくると、パトリシアを見つけて目を輝かせる。
「まさかお呼びいただけるなんて、こんなに光栄なことはございません! 誠心誠意、フレンティア様のため努力いたします!」
ぐっと強く拳を握り締めたロイドの勢いに若干気圧され、パトリシアは一歩だけ後ろに下がった。
そう、パトリシアが己の補佐官として呼んだのがロイド・マクベスだったのだ。
手紙で、よければ補佐官をお願いしたいと思っていること。
すぐに頷くのは難しいだろうから、一旦体験という形で来てみるのはどうだろうかと聞いてみたところ、体験不要、すぐに向かいますという手紙が届いた。
そして数日後にやってきた彼は、やる気に満ちた顔を向けてくる。
「それにしてもまさか……まさかフレンティア様がカーティス宰相の後継となられるとは……! お手紙をいただいた時、喜びに涙が止まりませんでした!」
「あ、ありがとうございます……」
そう言いながらも泣いているロイドに、パトリシアはなんともいえない顔をする。
そんなパトリシアの隣で、ノアもまた目を白黒させていた。
「…………すごいやつだな」
「熱い方なんです。……いろいろ」
泣いている彼にハンカチを渡せば、それにすら歓喜して涙を倍にした。
それを見ていたカーティスがぐっと眉間に皺を寄せる。
「フレンティア嬢を尊敬しているのはよいことだ。だが補佐官が盲目では困る。もし間違えた道を進むようなら、彼女を止めることができる最後の砦でなくてはならない」
重くも意味のあるカーティスの話に、ロイドはハッとしたように顔を上げる。
未だ瞳には涙が浮かんでいたけれど、すぐに袖口で拭うと深く頷いた。
「それがフレンティア様のためになるのなら、僕は全力で砦となります。至らぬ点あるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げたロイドにしばし固まったのち、ノアがくすりと鼻を鳴らした。
「いいね! 全力で何かに取り組むやつは好きだ。俺のことはノアって呼んでくれ。元々はカーティス様の下で働いてたんだが、この度お前と同じでパトリシアの下につくことになった」
「…………ありがとう。僕のこともロイドと。知らないことばかりで迷惑をかけてしまうかと思うが、一日でも早く戦力になれるよう、努力は惜しまないつもりだ」
お互いに差し出した手をどちらからともなく差し出して、力強く握り合う。
熱いやりとりに微笑むことしかできずどうしようか困っているパトリシアの肩を、カーティスが叩いた。
「彼らがどう成長するか、君の手腕が問われるな。自らの仕事を任せるに足る存在にまでしつつ、いざという時に客観的に見られるストッパーとして育て上げなさい」
独裁的ではいけない。
それはカーティスから口酸っぱく言われていることだった。
物知らぬ者が否定するのはいい。
それは当たり前の権利なのだから、説明を続ければいいだけだ、と。
しかし知るものに否定されているのはダメだ。
全てを理解しているものが否定しているのにそれを推し進めるのは、ただの独裁である。
そうなったら一度立ち止まるといい。
相手の話をよく聞くのだ。
そうすれば、己だけでは見れなかった道が切り開かれていくこともあるから。
それをしてくれる身近な存在が、補佐官なのだ。
「――はい。彼らと共に、私も成長していきます」
「…………そうか。いらぬ杞憂だったかもな」
「ロイドさん、ノアさん」
二人を呼べば、握手をしたままこちらへと顔を向けてくる。
最初はこの二人、相性的に大丈夫だろうかと不安だったのだが、どうやらその心配は杞憂だったらしい。
繋がる彼らの手の上に、己の両手を乗せた。
「これから、一緒に頑張りましょう」
「――はい!」
「――おう!」
こうしてパトリシアの補佐官二人が、揃ったのであった。
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