笑顔の時間
ロイドが補佐官としての仕事に慣れてきたある日のこと。
パトリシアは自らの仕事を一旦終わらせ、内心わくわくとしつつも表情には一切出さず皇宮内を歩いていた。
季節はくるくると回りこの間まで寒かったのに、今ではほんのり汗をかくくらい暑い。
ちゃんと日々が進んでいるのだなと、力強い光を放つ青空を仰ぎ、ふと肩から力を抜きつつ足をすすめた。
向かう先は応接間だ。
たどり着いたその場所のドアを、パトリシアはノック後すぐに開けた。
「――お久しぶりです。ハイネ様、シェリー!」
「やっと会えたわね、パティ」
「どーも。かなり久々ですねぇ」
まるでアカデミーに戻ったかのような光景が、パトリシアの瞳に映った。
テーブルの上には紅茶にたくさんのお菓子たち。
それらをソファーに腰掛けながら堪能していたらしい二人は、パトリシアが部屋に入ってくると立ち上がって出迎えてくれる。
二人の前にあるソファーに腰を下ろし、対面する形で改めて話を進めた。
「アヴァロンでの暮らしはいかがですか? 国は落ち着いたのでしょうか? お二人ともお元気ですか? 怪我とか病気とかはされてないですか?」
「はいはい落ち着いて。まず紅茶飲んで深呼吸」
「お互い質問が絶えなさそうですねぇ」
シェリーに諭されるがまま紅茶で喉を潤し、二度三度と深呼吸をした。
少しは落ち着いたけれどやはり気になることが多すぎると瞳をキラキラさせていると、そんなパトリシアを見てシェリーが肩をすくめる。
「全く。こっちは皇宮に緊張しまくってるっていうのに」
「やっと王宮に慣れてきたくらいだもんな」
「お高いところは一つ一つに神経使うわ。見てよこのカップ。いくらするわけ?」
美しい花柄のカップを鑑定士の如く見つめるシェリーに笑いつつ、パトリシアはもう一度質問を繰り返した。
「アヴァロンはどうですか?」
「楽しいわ。いろいろできることは多いし、ローレランとの違いを知れるわ」
「シェリー、優秀ですよ。今ではいろいろ任されて忙しそうにしてますよ」
「想像よりも教皇がいなくなったことの余波が大きかったから、そこを上手く利用しただけよ」
どうやらシェリーも頑張っているらしい。
友人の活躍を聞くのは自分のことのように嬉しいなと聞いていると、ドアがノックされ中にクライヴが入ってきた。
「久しぶりだな」
「よ。忙しそうだな」
「どーも。美味しい貢ぎ物ありがとう」
「変わらないなお前ら」
クライヴが皇太子となった後会うのは初めてだが、ここの関係はなにも変わらないらしい。
そのことに安心しているパトリシアの隣に、クライヴが腰を下ろした。
「そっちはどうだ?」
「ほぼほぼ収束。シェリーのおかげで落ち着いた」
「私だけじゃないわよ。他の人たちの努力の結果。アヴァロンはいい国ね。これからもっと大きくなるわ」
「ほー。それはローレランに喧嘩を売ってるってことか?」
「おいやめろ。もうしばらくは胃の痛い思いしたくない」
げっそりとしているハイネにみんなで笑えば、場の空気があっという間に明るくなる。
あちらもこちらも大変なのだなと思っていると、クッキーへと手を伸ばしたシェリーが口を開いた。
「そっちも大変そうじゃない。……噂になってる。皇帝陛下のこと」
「うちに話がきてるってことは、皇宮ではもう周知の事実なのか?」
「…………いや。だが隠しきれないのはわかっていた。医師が頻繁に部屋に入っているし、ここ最近はあまり表舞台にも立たれていない」
アヴァロンの王宮にも話がいっているのなら、国民たちが知る日もそう遅くはないのだろう。
少なくともこの皇宮に出入りできる貴族たちは、大体気づき始めているはずだ。
こうなる前にアレックスが皇宮を去ったのは、お互いにとってよかったのだろう。
そうでなければ彼は、本人の意思に関係なくまた皇位継承問題に駆り出されていたはずだ。
「時間はなさそうだな」
「……まあ、準備は進めている」
だから大丈夫だとクライヴが言えば、それ以上はなにも言わなかった。
少しだけ重くなった空気の中、シェリーが三人の前にそれぞれクッキーを配る。
「甘いものでも食べて気分変えなさい。せっかくこの四人で集まれたんだから、楽しい話をしましょうよ」
「……そうですね。なかなか四人揃うことは難しいですから」
「内二人が国のトップになりそうだからな」
「今考えるとすごいメンバー……」
確かにすごいメンバーだなと、改めて自分以外の三人を見た。
ハイネは今、国を落ち着かせるため王太子として活動しており、シェリーは勉強も兼ねて彼の元で動いている。
クライヴもまた皇太子として地位を盤石なものとしているし、パトリシアはカーティス宰相の後継者として仕事を請け負っていた。
皆が皆、やれることをやっている。
「これからはこんなふうに集まれることなんてないんだから、今を楽しみましょ」
「…………ですね」
「気楽ないいメンバーだよなぁ」
「お前は気楽すぎだろ」
美味しい紅茶に甘いお菓子。
尽きない会話にみんなが笑う。
話は過去のこと。
あの時はあんなことがあったね、と。
この時はこう思った、と。
話は巡り巡り一人一人の未来に思いを馳せる。
こんな未来にしたい。
あんな未来にしたい。
話は終わることはなく、こんな日々が永遠に続けばいいのにと思うほどだった。
かけがえのない友人たちと共に過ごす時間は、パトリシアにとって心安らぐものとなった。
そんな日から時は経ち。
――皇帝が崩御された。
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