アカデミーへ
まず初めに、このアカデミーについての書物を道中の馬車で読み込んだ。
ただ学びの場だと思っていたパトリシアは、己の考えが浅はかであったことをその本のおかげで理解することができた。
よくよく考えれば先んじて察することができたはずなのだが、いかんせんアカデミー入学までが怒涛すぎたのだ。
「…………しょうがないわよね」
アカデミーに通う学生の九割が男子であり、みな貴族である。
国に認められ、学ぶことを許された平民も何人かいるらしいが、その数は本当に少ない。
未だ経済が安定しているとはいえないこの国では、男たちは稼ぎ頭である。
だからこそ、平民たちは勉学に励むよりも力仕事などをする者の方がずっと多いのだ。
それにどれほど頭がよくても、学者として働いたりするには身分が必要になる。
なのでよほどの理由がない限りは、平民たちはやってこない。
そしてそんな平民男子たちよりも数が少ないのが、女子である。
貴族の女性たちは適齢期に入ればデビュタントでお披露目され、すぐに結婚の話になる。
彼女たちに求められるのは学ではなく、刺繍やダンス、礼儀作法だ。
だからこそアカデミーに令嬢が通うことはない。
つまり、その全てが平民の女性たちであるということだ。
そして、ここからは元アカデミー生であった、セシルから聞いた話である。
「彼女たちの多くは結婚相手を探しております。……平たくいえば玉の輿ですね。貴族と結婚しても己は貴族にはなれませんが、子供たちは貴族になれる可能性がありますから。どちらにしても贅沢な暮らしはできますし、愛人なんて存在に期待を込めるものもおります」
「……愛人?」
思ったよりも己にはダメージがあった言葉だったため、思わず聞き返してしまった。
愛人も側室も変わりはないか、と大きくため息をつく。
「ですのでアカデミーの女性たちは、入学すると勉学よりも見た目を気にし始めます。ですのでテスト等で上位に食い込むことはほぼありません」
「……それは、」
「パトリシア様なら必ず上位にお名前が上がると思いますので、色々面倒ごとになるかもしれませんね。ご存知の通り貴族の坊ちゃんはプライドが高いですから」
吐き捨てるようにいったその姿は、なんとなく彼の苦労が滲み出ているようだった。
彼の部下には彼よりも家の爵位が高い騎士たちがいる。
そういう人たちに苦労させられたのだろう。
「元坊ちゃんだったあなたがそういうのなら、そうなのでしょうね」
大変だったのだろうなと、同情の意味も込めて口にした言葉だったが、その言葉を聞いてセシルは目を見開いた。
「…………驚きました。パトリシア様からそんな返しを受けるとは」
「え? ……あ、いや! 別に馬鹿にしているとかではないですよ? ただっ」
「大丈夫です、むしろ嬉しく思います。パトリシア様の本音を聞けたようで……。もう違うのはわかっているのですが、専属の騎士としては信用されたようで」
「……そう、ですか」
彼はパトリシアが皇太子妃になると決まった日から、騎士としての訓練を始めた。
それからアカデミーへ行きさらに修練を重ね、そして皇室付きの騎士となったのだ。
いつか皇太子妃付きの騎士となるために。
けれどそれももう叶わない。夢は潰えてしまった。
「……私は、たくさんの人を傷つけてしまったのですね。己の夢を叶えるために」
「人を傷つけない人はいません。……それに、私は嬉しく思います。私は私の夢より、あなたの夢が叶う方がずっと嬉しいのです」
「……ありがとうございます」
幼い頃に出会った彼とは、父の紹介で知り合った。男爵家の次男として顔を合わせた彼は、しかしその時にはもう大きな体をしていたように思える。
パトリシアよりも四歳年上の男の子は、あっという間に男性になった。
そして誓った。遠くない未来専属の騎士となり守ってくれると。
そんな優しい彼にも、きっと想像もできないほど心配をかけたのだろう。
申し訳ないとは思いつつも、嬉しさも感じてしまう。
こんなに自分のことを想ってくれる人がいるというのは、心を強くしてくれるから。
「話は少し変わりますが、アカデミーでの暮らしはお気をつけください。今までのようにお立場が身を守ることはなくなりますから」
立場で傷ついたこともあれど、確かにそれによって守られていたこともある。
アカデミーではそれが通用しないのだ。
表向きは皆平等だから。
「まあ、そんなのは夢物語ですよ。中でも家柄で対応が変わることのほうが多いです。……けれどそれは相手が男性だからで、女性となると話は変わってくるかと」
「みたいですね」
悠々自適の勉強生活、なんてものを望んでいたのに。
そう簡単にはいかないらしい。
一難去ってまた一難とはこういうことをいうのだろうか。
「けれど、同時にワクワクもしています。今までとは違う世界が見れますから」
「……そうですね。聡明なパトリシア様ならきっと大丈夫だと思います」
頑張ろう。どれほど辛く悲しいことがあろうとも、この道を選んだのは自分なのだから。
「ええ、大丈夫です」
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