態度が変わる

 ノーチス国王が無類のワイン好きだと教えてくれた、友人の手紙を思い出す。


『ワインならローレランに、最高のものがあるでしょう? 絶対にあれを出しなさい』


 パトリシア自身もワイン好きだと知った時から、頭の中にはあの村のことが思い浮かんでいた。

 同じことを考えるのだなと嬉しく思いつつ、彼女の進言どおりに用意したワインを差し出せば、ノーチス王はしばしワインを眺めた後口をつけた。


「――美味しい」


「我が国自慢のワインです。お口に合いましたでしょうか?」


「…………ええ」


 ワインを見つめつつ、ノーチス王は考えるように顎に手を当てた。

 反応は間違いなくよかったのに、眉間に皺を寄せているのに気づき彼の行動の意図を探る。

 なにか気になる点でもあったのだろうか?

 声をかけるべきか否か迷っていると、ノーチス王の瞳がパトリシアへと向けられた。


「これを用意したのはあなたなんですね?」


「え? ……ええ。そうでございです」


「ではこの料理を指示したのは?」


「…………私でございます」


「部屋の準備や使用人たちの配置は?」


「……………………そちらも私でございます」


 なんだろうか。

 なにかミスをしてしまったのか?

 だが確かにシェリーから教えてもらった、彼の好み通りにしたはずなのに。

 急いで頭の中で準備したことと手紙の内容を思い出していると、ノーチス王の瞳がぎらりと光った。


「なぜ私の好みをここまで熟知しておられるのか、お聞きしても? ローレランにくるのは初めてなのですが」


「――あ、」


 なるほどそうかと納得した。

 本来なら知りもしないはずのことをここまで完璧に用意されていては、確かにノーチス王からしてみれば少し気味の悪いことだろう。

 無礼があったわけではないようだと安心しつつ、パトリシアはノーチス王からの質問に答えた。


「アヴァロンに友人がおりまして、その方にお聞きしたのです」


「アヴァロン? そういえばアヴァロンとローレランは友好国でしたね。とはいえここまで完璧にやるとは……。誰からの情報なのか聞きしても?」


「…………」


 一瞬だけどうしようか悩んだ。

 シェリーから教えてもらった内容は、彼の個人情報ではある。

 もちろん調べればわかることがほとんどだが、ノーチス王からのシェリーの心象が悪くなってしまうのは避けなくてはならない。

 どうするべきかと視線を横にずらしていると、そんなパトリシアを見てノーチス王はワイングラスをそっとテーブルに置いた。


「アヴァロンで私のことをここまで知る人は少ない。ただ興味本位で聞いているだけなので、その者を罰したりはしませんよ」


「…………お約束願えますか?」


「もちろんです」


 ここまで言ってくれるのなら流石に大丈夫だろうとは思いつつも、パトリシアはしぶしぶ口を開いた。


「……シェリーという名の女性です」


「シェリー? …………シェリー・ロックス?」


「――え、ええ。そうです」


 まさか彼の口からシェリーのフルネームが出てくるとは思わなかった。

 どうしてそこまで知っているのかと彼を見ていると、深く考え込むように視線を下げる。


「なるほど。彼女ならここまで私に詳しいのは納得できます。しかし――」


 ふと、ノーチス王はなにかに気づいたように瞼がぴくりと動いた。

 驚いたような表情をしつつ、パトリシアへと顔を向ける。


「パティ、とはあなたのことですか?」


「え? あ、はい。……シェリーからはそう呼ばれております」


「…………なるほど。あなたが」


 彼の中でなにか納得できるものがあったのだろう。

 先ほどまでの探るような視線は消え、彼は穏やかに微笑みかけてくる。

 突然の変化に驚くパトリシアを放置して、彼はもう一度ワインへと手を伸ばし喉を潤す。


「部屋も食事も使用人たちも、全て私の好みです。特にこのワインは本当に美味しい。――あなたは優秀ですね」


「……あ、ありがとうございます」


 まさかそんなふうに言ってもらえるなんて。

 驚くパトリシアにノーチス王は軽く口端を上げると、そのままクライヴとの会話に入る。

 先ほどまでの互いに噛み付くような雰囲気はなく、終始穏やかに話し合いは進んでいく。

 もちろん、婚姻の件に触れることはせず。

 つまりまだこの両国の話し合いは続くわけだが、ひとまず険悪な関係にはならずに済んだようで、パトリシアは自身の席に戻りながら安心した。


「なんとかなったな」


「……ええ」


 パトリシアの後ろで控えていたノアに小声で声をかけられたので、軽く頷いてみせた。

 クライヴとノーチス王の話し合いを聞きつつも、頭の隅では他のことを考えている。


『一体なにをしたのシェリー!』


 他国の王にフルネームを覚えられるほど印象付けるなんて、彼女はいったいなにをしたんだ。

 それにパトリシアのことを愛称で呼び、それを覚えられていたことも、本来ならばあり得ないことである。

 ノーチス王がパトリシアがパティであると認識したのち、すぐに好意的な雰囲気に変わったことから、彼女が失礼なことをしていないことはわかっていた。

 わかってはいたが。


 ――もっと詳しく教えて欲しかった!


 この会食が終わり次第すぐにアヴァロンに手紙を送ろうと、パトリシアは心に決めた。

 

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