ワインを楽しむ
会食はつつがなく終わった。
双方腹の底に重いものを残したまま。
「…………はあ」
パトリシアは皇宮に用意された部屋で一息ついていた。
なんとか食事自体は無事終わったものの、話はなに一つ進んでいない。
ノーチスはクライヴと自国の姫の婚姻をさせたいがために、ここまでやってきたのだから。
「……結婚」
クライヴはパトリシアを皇后にすると宣言している。
それをノーチス側も知らないはずはない。
つまりは姫を側室でもいいから娶れと言っているわけだが、クライヴはそれをきっぱりと拒否した。
双方の意見が完全に食い違っていると言うわけだ。
これは長引くだろうなと、ソファーに深く腰掛ける。
「…………クライヴ様が結婚すれば、この国のためにはなるのよね」
ノーチスと今よりも深い友好関係を築ければ、この国はもっと豊かになる。
あの国は金が豊かであり、さらには軍事力も高い。
大国であるローレランと同じくらいの武力を持つ国は早々ない。
そんな国がなにかあった時に力を貸してくれるというのは、とてもありがたいことだろう。
とはいえ、だ。
じゃあ側室をとるのを許可するのか。
クライヴがそれをよしとするのか。
答えは否だろう。
あの場にパトリシアがいようがいなかろうが、彼はその申し出を拒否したはずだ。
それを疑うほど、パトリシアも彼からの愛の大きさを知らないわけじゃない。
なのでノーチスの申し出には断固拒否だ。
ならばと、パトリシアはソファーに座ったまま背筋を伸ばした。
彼の国が納得する新たな案を提示しなくてはならない。
ノーチスが今一番欲しいものはなんなのだろうかと頭を悩ませていると、突然ドアがノックされ部屋に侍女が入ってきた。
「失礼致します。ノーチス国王陛下がお呼びです」
「……国王陛下が? 一体なんの御用でしょうか?」
「お話したいことがあるとだけ。公的な場ではないので、気楽に来て欲しいと」
つまりドレスを着替える必要はないと言うことか。
たぶんだが早めに話したいことがあるのだろう。
パトリシアは立ち上がると、侍女に案内されるがまま皇宮内を歩く。
しばらくすると来賓用の客間へと着き、護衛の騎士がドアをノックしたのち扉を開けた。
「人払いはしております」
「……かしこまりました」
部屋の中へと入れば、そこにノーチス王の姿はなくきょろりと見回した。
パトリシアが命じたまま、オレンジを基調とした室内を歩くと窓の外から声がかけられる。
「こちらです」
「ノーチス国王陛下にご挨拶を申し上げます」
「ありがとうございます。どうぞお座りください」
バルコニーにテーブルと椅子が置かれ、ワインが用意されている。
ここで話をするのかと、パトリシアは彼の隣に腰を下ろした。
「……あの、……お話とは?」
「……シェリーのことを、話したいと思いまして」
「シェリー?」
どういうことだろうか?
なぜシェリーのことを、と不思議そうにしていると、そんなパトリシアを見て彼は穏やかに笑う。
「シェリーと出会ったのはアヴァロンででした。ハイネ王太子のそばにいて、彼のそばに女性がいるのは珍しくて印象に残っていたんです」
ああ、と彼の言いたいことが理解できた。
そういえば最近はそんなこともなかったけれど、元々ハイネはパトリシアと会わせてもらえないくらい、女性関係が派手だったことを思い出す。
そんな彼のそばに基本女性はおかなかったはずだ。
下手な噂になるのは王家とて避けたいだろうから。
そんな彼のそばに女性が現れたとなれば、ノーチスの王が注目するのは納得できる。
もしや彼女が王太子妃なのか、と。
「シェリーと話をする機会があり、その時に王太子妃になるのかと聞いたらものすごく嫌な顔をされまして……」
「……想像がつきます」
本当に嫌な顔だったのだろう。
想像がつくなと頷けば、ノーチス王はくつくつと笑う。
「そこからなんとなく話すようになりまして。平民であること、アカデミーの生徒であること、大切な友人がいること。……その友人がとても頑張っていること」
ノーチス王の緑色の瞳が向けられて、パトリシアはなんとなく背筋を伸ばした。
初めて見た時のあの鋭い様子から打って変わって、どこか親しげな感じに見えるのは、全てシェリーのおかげなのだろう。
そんな彼女に褒められているのは素直に嬉しい。
「奴隷解放の件、そして彼らの村の話も聞きました。……このワインも、そのものたちが作ったのでしょう?」
すっと瞳が細められて、探るような視線が向けられる。
どことなく威圧的に感じるのは、何か意図してのものなのだろう。
だがしかし、カーティスの元鍛えられたパトリシアの敵ではないと、わざとにっこりと微笑んでみせた。
「ええ。我が国自慢の民が作った、自慢のワインです。お口に合いましたようで、作ったものたちも喜びます」
「…………そうですか」
威圧感は一瞬で消え失せ、ノーチス王はグラスに手を伸ばすとまた口に含んだ。
味を楽しみつつ喉へ流せば、彼は肩から力を抜いて夜空を見上げた。
「…………私はスラム出身なんです」
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